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2021/1/14 ばあばと

祖母と手を繋いで、歩いていた。どこに行こうとしているのか分からないが、やたら暗い夜の道を歩いていた。景色の見え方、祖母との身長差から察するに、私は小学校低学年くらいだった。

横断歩道を渡ろうとして信号を待っていたら、私は異変に気がついた。周りを歩いている人の様子が、どうもおかしい。同じ道を、同じ人が何度も何度も歩いている。1人が行ったり来たりしているわけじゃない。軽く人ごみのように見える街中は、ごく数名、せいぜい3、4人の、というよりは“3、4種類の老婆”によって構成されているのである。

歩いているのは皆見覚えのない老婆だ。私と祖母の横を1人の老婆が通り過ぎると、その数秒後には同じ老婆がまた同様に横を通り過ぎていく。なんなら、私たちの目の前の横断歩道を渡っている最中の老婆の真後ろに、今まさに横断歩道を渡り始めた同じ老婆がいるのだ。その同じ人物たちの間隔がだんだんと狭まっていき、ついには大勢の同一人物が同じルートを1列になって歩いている。3、4種類の老婆の行列が交差している。動き、速度までも寸分違わず前の自分に合わせて歩くそれらがクローンなのか、そうでないのか分からない。

いつのまにか、私の祖母のクローンのようなものも現れ出す。しかし、祖母のクローンたちはどれも私を連れていないし、祖母と同じ動きをしているわけでもない。祖母と同じ見た目の集団が、列をなしてこちらに向かってくるのだ。それらの表情は、怖がる私の手を強く握り険しい顔をしている本物の祖母とは違い、皆が無表情だった。

私と祖母は手を繋いだままそこから逃げ出し、とあるイタリア料理店へ入った。お腹はペコペコだった。カウンター席のあるアットホームな雰囲気の店で、店主の女性が親切に先ほどまでの奇妙な光景の話を聞いてくれた。しかし、店主が何か知っているわけでもなく、私と祖母はただただ不気味だったと言い合った。


起きたら、祖母は死んでいた。別に今死んだんじゃない。祖母はもうかなり前に、帰る私たちを見送った直後、マンションの階段で足を滑らせて3階から落ち、死んだのだ。あれはまだ、私の所属していた軽音部のバンドのボーカルが学校に来ていた頃だから、中学2年の時だ。定期ライブのリハ中に突然泣き出した私を慰める中に、まだ学校をやめていないボーカルのあいつがいた。そうだ、思い出した。あれはもう、5年も前のことだ。

夢の中の生きている、私の手を握っている祖母があんまり鮮明なものだから、夢から覚めた瞬間、祖母が死んでいる事実だけが突然降ってきたかのようだった。夢での前提と現実での前提が乖離しすぎると、どうやら覚めた瞬間の人間の脳はバグってしまうらしい。

夢の中の幼い私は、祖母の手を握って「ばあば、逃げよう」と祖母にしがみつき、泣きそうになっていた。もはや泣いていたかもしれない。そのくらい不気味で、怖い夢だったはずなのだが。思わず祖母と繋いでいた右手を見る。特になんのことは無い。爪をスミレ色に彩った、ただの自分の右手。私の中には恐怖よりも、祖母の手の感触が残った。

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