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【うちには魔女がいる】#9 おいしい万華鏡


うちには魔女がいる。

魔女はハローキティとほぼ同い年。
7月生まれの蟹座。A型。右利き。猫派か犬派かでいったら、断然犬派。
私のお母さんの、5つ歳が離れた妹。

これは魔女がつくる、やさしい料理の備忘録である。


私が「アレが食べたい」と言えば大体のものはなんでもつくってくれる魔女だが、もちろん私のおねだりが通用しないものも、ごく少数ではあるが存在する。

その筆頭がパフェだ。

なにがきっかけかは本人にも定かではないらしいが、魔女のこんだてラインナップにパフェが追加されるようになったのは、ここ数年の話である。
当時SNSで『おうちパフェ』なるものが流行していたので、おそらくその影響を受けたのだろう。
しかし、周囲の知人友人に「昨日家でパフェが出てきてさ」と話すと、みんな一様に頭上に大量のクエスチョンマークを浮かべるので、おそらくその流行はごく局所的なものだと思われる。食後のデザートとしてパフェが出てくる家は、たぶんかなり少数派だ。



魔女のつくったパフェは全て写真に残してあるので、後から見返すとそのときの旬の果物や、当時流行っていた盛りつけなどが垣間見えてなかなか面白い。

白桃のコンポートに紅茶のゼリー、バニラアイスが詰まった上にカットした黄桃を盛りつけた桃のパフェ。

イチジクとマスカット、ナシにぶどうと、旬の果物をこれでもかと贅沢に乗せた秋のパフェ。

ラフランスの甘やかな酸味とキャラメルアイスの苦みの相性が抜群な、シャインマスカットが彩るキャラメルパフェ。

果物を丸々パフェのてっぺんに乗せる盛りつけが流行ってた時期のパフェには、流行りに倣ってドーン! と豪快に剥き身の桃が乗っていたこともあった。
なんとこのパフェにはジャスミンゼリーとミルクゼリー、バニラアイス、ジャスミンアイスが入っていて、間違いなく魔女パフェの中でも三本の指に数えられる傑作であった。

アメリカンチェリーとオレンジの爽やかな夏パフェ、シンプルな苺とバニラアイスのパフェ、なかには少々趣向を変えて珈琲ぜんざい白玉パフェなんていうものも。

スポンジやコーンフレークなどで嵩増しはせず、果物とゼリーとアイスだけで勝負、というのが魔女のこだわりだ。
このためだけにわざわざ買ってきた、背の高いちょっとおしゃまな雰囲気がするグラス。クリアな硝子にシロップの膜を纏ってきらきら輝くフルーツと、光を受けて透きとおるゼリー、まろやかな色味のアイスクリームがぎゅっと収まっている様は、まるで万華鏡のようだ。

昼下がりの、少し陰った陽の光を透かしてひかる、世にもおいしい万華鏡。
はじめて魔女のパフェを出されたときから、私は手のひらサイズの光の塔に夢中だ。





こんなにも魔女のパフェを愛しているというのに、どれだけ食べたいと懇願してもなかなかパフェにありつけない現状には、正直やや不満がある。
魔女のパフェは数種類の果物やゼリーをこれでもかというほどリッチに使った具だくさんパフェなので、最小ロット数が単純に多いのだ。いざつくるとなると、最低でも4セットは出来てしまう。
事情はわかるが、理解と納得は別物である。

そんな事情によりレア度がダントツで高い魔女パフェだが、『これがあればパフェを食べられる確率があがる』という条件がある。というよりむしろ、その条件が満たされないと永久に魔女のパフェは食べられない。

その条件とはズバリ、〝ハルナの訪問〟だ。


魔女の料理備忘録の『うちには魔女がいる』を初めて執筆したときからすでに10年近い月日が流れているが、当然、当時はランドセルが背中に余るくらいひよひよのおちびちゃんだったハルナもすっかり成長した。なんと、いまでは澄ました顔で中学校に通っている女子中学生である。
小学生までは毎日のように我が家に遊びにきていたハルナだが、中学生になると日々勉強やら部活やらに追われてガクンと出現率が下がった。
一抹の寂しさを感じたのはもちろん私も同じだが、魔女のしょぼくれ具合といったら、正直見ていられなかった。当時は魔女の気が紛れるよう、ふたりでいろいろな場所に遊びにいったものだ。

頻繁に遊びにきていた子どもが、たまにしか遊びにこなくなる。
するとどうなるかというと、子どもが遊びにきたたまの一日、魔女の料理のグレードが見るからにアップする。
つまり、魔女のパフェは、もっぱらハルナを歓迎するためにつくられるスペシャルアイテムなのだ。




夏休みや冬休みといった長期休みに入ると、学校から出された宿題をたんまり抱えたハルナが我が家を訪れる。どれだけ久しぶりでも、毎日のように遊びにきていた頃と変わらず「ただいまー!」と言いながら玄関をくぐる仕草につい笑ってしまう。
小学生の頃から夏休みの読書感想文の監督役は私が務めていたが、最近ではそもそも国語が大の苦手である彼女のために専属家庭教師をしてやるのが定番となった。
教科書を前にうんうん頭を抱えているハルナも大変そうだが、十数年前の記憶を掘り返しながらぎこちなく教鞭を執る私も相当に必死である。

そうして、ふたり揃って頭から煙が出そうなほど勉強して、もう限界! とテキストを放り出す頃になると、決まって魔女がタイミングよく「甘味はいかがですかあ」と歌うようにパフェを持ってきてくれる。

普段はなかなかお目にかかれない、光を反射してきらきらひかる、魔女の美しい万華鏡。

「疲れた脳にはやっぱり甘いものでしょ」

無邪気に喜ぶハルナに、魔女が機嫌よさそうににこにこと笑う。
私のおねだりが通用しない超レアな魔女のパフェだ、心して食せよ、と胸の内側だけで呟いて、ありがたくご相伴に預かる。
不満がないといったら嘘になるが、魔女が嬉しそうならそれでいい。

とりあえず私の素晴らしいパフェライフのためにも、どんどん成長していくこの子どもには、いくつになっても変わらずうちに遊びにきてもらわないと。


魔女のパフェは甘くて冷たくて、ショート寸前だった脳みそにじんわりと沁み渡ったのだった。

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