見出し画像

【うちには魔女がいる】#4 ひとりっ子戦争


うちには魔女がいる。

魔女はハローキティとほぼ同い年。
7月生まれの蟹座。A型。右利き。猫派か犬派かでいったら、断然犬派。
私のお母さんの、5つ歳が離れた妹。

これは魔女がつくる、やさしい料理の備忘録である。


フォークとフォークが交差して、お互いハッと我に返る。

皿の上に鎮座する梨は、あとひと切れ。
いままで『最後のひとつ』をなんの疑問も遠慮もなく、あたりまえのように与えられてきたひとりっ子が、ふたり。
小さいひとりっ子と大きいひとりっ子は、そこではじめて自分以外の『最後のひとつ』に手を伸ばす相手を認識し、フォークを構えたまま途方に暮れるのだった。




ハルナは、私の12歳年下のはとこである。
はとこと言ってもピンと来ないかもしれないが、これを日曜の食卓でおなじみ、日本で一番有名な大家族『サザエさん』に置き換えると非常に分かりやすい。
祖父は波平さんで、魔女はワカメちゃん。
父がマスオさん。
魔女のいとこのトオルくんはノリスケおじさんで、ヒトミちゃんはタエ子さんといったところか。
そして私とハルナは、簡単に言ってしまえばそう、タラちゃんとイクラちゃんの関係なのだ。

ハルナが産まれたのは、私が中学1年生のときだった。
ずっとひとりっ子で、友人たちの兄弟も年上ばかりだったから、間近で赤ちゃんを見るのはそのときがはじめてだった。
ヒトミちゃんの腕の中、無表情のまま目をきょろきょろと動かすまんまるでやわらかそうな生きものは、トオルくんによく似ていた。

自分で言うのもなんだが、ハルナは私のことが大好きだ。
会えばコイちゃんコイちゃんと私の後をついてまわるのは昔からで、両手を広げてしゃがみ込めば、素直に駆け寄って腕の中に飛び込んでくる。
小学校に上がるとき、てっきりハルナが好きなピンク色のランドセルを選ぶとばかり思っていたのに、彼女が両親に強請ったのはキャメル色のランドセル。一緒に雑貨屋に行ったとき、私が「このランドセルかわいいねぇ」とはしゃいでいたものだった。

歳のわりに趣味がババくさくて、富士山のモチーフが好き。
お風呂好きの温泉好き。たまに家族で行くスーパー銭湯では、誰よりも堪能しているのが一丁前で面白い。
魔女にしょうもないいたずらをするのも好き。
しっかり者かと思いきや、案外抜けててどんくさい。

家の中に子どもがひとりいるだけで、家族の空気がぱっと明るくなる。
ハルナと一緒にいると、面白いことも楽しいことも、一度にたくさんやってくる。




一般的なはとこの距離感よりよほど親しく、一見すると姉妹のように仲睦まじい私とハルナだが、ひとつだけ、どうしても衝突しがちなことがある。
それが『最後のひとつ』だ。

タマゴボーロの、最後の1個。
剥かれたリンゴの、最後のひと切れ。
ポテトチップスの、最後の1枚。

ハルナも私もひとりっ子である。食べものを兄弟と奪い合った経験もなく、でろでろに甘い大人たちに「食べな食べな」とひたすら与えられてきたタイプの子どもだ。
カニの殻はあたりまえのように全部剥いてもらえたし、魚の骨はきれいに取られて身が解された状態で目の前に出された。最後のひとつがもらえなかったことなんて、いままで一度だってない。
だからふたりとも当たり前のように最後のひとつに手を伸ばす。そして手と手がぶつかってはじめて、ひとりっ子たちは、それを食べようとしている自分以外の存在にハッと気づくのだった。

一回りも年下の子ども相手に大人気ないのは重々承知だ。分かっているので言わなくて結構。
食後のデザートにショートケーキが出た際、「回収しまぁす」とかなんとか言いながら家族全員分のイチゴを次から次へと口に入れていくハルナに、わりと本気で「このやろう」と思ってしまったとしても、私は決して悪くない。そして結局イチゴはあげなかった。
とても悲しげな顔で魔女に「イチゴ買ってあげようか……?」と聞かれたが、そういう問題じゃない。

昔から、食べものの恨みは恐ろしいと言うじゃないか。




大学に進学し、東京で暮らすようになっても週末はほとんど実家に帰ってきていたから、ハルナとは少なくとも週に一度、多いときはニ度三度顔を合わせていた。
以前と変わらず楽しく賑やかに、時々お菓子を取り合ったりしながら一緒に過ごしていたが、どうしても帰れないタイミングというのも、もちろんある。

前の週末にどうしても外せない用事が入って2週間ぶりに実家に帰ると、例の如くハルナが遊びにきていた。もはやうちの子と言っても過言ではないのではないだろうか。(あまりに頻繁に我が家に出入りしていたため、この頃は密かにハルナのことを“非常勤家族”と呼んでいた。)
いつものようにハルナと私は横並びで、家族みんなで食卓を囲んだ。おしゃべりをしつつ、好き嫌いをする彼女をたまにピシャリと叱ったりもして、2週間ぶりの実家の時間は、ゆるくおだやかに過ぎてゆく。

食事も終わり各々まったりと食休みをしていたら、ふと、いままで大人しく隣に座っていたハルナが、私の太ももに体の半分をべったり乗せてきた。
もともとスキンシップが多い子なので、私も特に気にせず、自分の膝に乗っている小さな頭をわしゃわしゃと撫でる。子どもの高い体温が、じわ、と服越しに広がっていくのが心地良い。
無言のままぐりぐりと私の腹に頭を擦りつけていたハルナだったが、やがてぽつりと、小さな声でこぼした。
「コイちゃん、ひさしぶりだねえ」
どこか心許ないハルナの言い方に、思わず手が止まった。

隠しきれずに滲んだ、さみしそうな響き。
胸がきゅんと熱くなって、とうとう私はなにも言えなくなってしまった。

2週間。たったの2週間だ。
14日会えなかっただけであなた、そんな声出しちゃうの。

こっぱずかしいやら胸が締めつけられるやらで、「そーだね!」と言って誤魔化すようにハルナの髪の毛をぐしゃぐしゃに撫でてやった。
子ども特有の高い笑い声が、楽し気にリビングに響いた。口元がむずむずして、お腹の底がカッと熱を持つ。
こんなことをされて、かわいくないわけがないのだ。


今度、お土産にショートケーキでも買ってこようか。
たまには大人らしく、イチゴを譲ってあげる日があってもいいかもしれない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?