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【うちには魔女がいる】#1 魔女のこと


うちには魔女がいる。

魔女はハローキティとほぼ同い年で、7月生まれの蟹座。
A型。
右利き。
猫派か犬派かでいったら、断然犬派。
わりと本気で宇宙人の存在を信じている。
右手の中指の付け根に、双子のほくろがある。
私のお母さんの、5つ歳が離れた妹。

私のごはんをつくるのは、昔から魔女の役目だった。


若くして私を産んだ母は奔放なタチで、当時幼稚園児だった娘の弁当箱にピスタチオやあたりめなどを手あたり次第に詰め込み、あっという間に酒呑みのおつまみセレクションへと進化させるような女だったそうだ。
(まあ当の私は大人たちの目を盗んで晩酌用のつまみを勝手にもりもり食べて叱られているような変な子どもだったので、それはそれでアリだったのだけども。)
そんな母に唯一異を唱えたのが、我が家で最も常識人である魔女である。

母の所業に「そんなの子どものお弁当に入れるものじゃないでしょ!」とぷりぷり怒った魔女は、あれよあれよという間にカラフルでかわいらしい、いかにも子どもが喜ぶようなお弁当をつくってくれた。

アンパンマンが描かれた丸いおにぎり。
色とりどりのワックスペーパーで包んだ、カラフルなサンドウィッチ。
ゴマでつくった瞳で可愛らしくはにかむうずらの卵…。

魔女のお弁当は、すてきで、鮮やかで、わくわくして、当時の私の目にはとびっきりの魔法のように映った。

なにをつくっても大喜びする幼い子どもにすっかり絆され、魔女が日常的に私のお弁当をつくるようになるまでに、そう時間はかからなかった。
そして魔女の登場によりお役目御免になった母は特に拗ねるでもなく、むしろ嬉々として『魔女専用・半永久お弁当券』という自作のカードを勝手に娘に渡していたそうだ。この際、妹の意向は特に確認されていない。
この歳になってから聞くとまあまあ酷い話だが、なにはともあれ、その日から私のお弁当製作権は、正式に魔女へと明け渡されたのだった。



思えば、それからの人生、魔女の料理はいつだって私の傍らにあった。

幼稚園で友達ができない私のために、会話のきっかけになるよう当時はまだ珍しかったキャラ弁をつくってくれたのも。
母が脳溢血で倒れた夜、真っ暗な家に取り残されて泣きじゃくる私に夜食を用意してくれたのも。
運動会は毎年毎年、誰にも負けないほど豪華な重箱の弁当を4時起きでこさえてくれたのも。
体調が悪くて食欲がないとき、くたくたに煮込んだ鍋焼きうどんをいつも出してくれるのも。

全部全部、魔女だった。
私のお母さんはいなくなってしまったけれど、家に帰ればいつだって、魔女のおいしい料理が待っている。




私が思い出すかぎり、魔女はいつもなにかをつくっていて、そしてそれは大体が私の大好きなおいしいなにかであるので、魔女がキッチンに立つと途端にそわそわしてしまう癖は昔から、それこそ幼稚園児の頃から変わらない。
いままでの人生の中、嬉しいことも悲しいこともしあわせなことも痛いことも、それなりに、人並みに、たくさんあったけれど。
思い出の中にはいつだって、魔女のあたたかい料理の気配がある。

私の描く物語には必ずと言っていいほどなにかしらの食べものが出てくるが、それはきっと私の感性が、価値観が、人生が、おいしい料理なしでは成り立たないからだ。
食べものを文字の世界に落とし込むとき、目を閉じて、瞼の裏に魔女の料理を思い浮かべる。ほかほかとおいしそうな湯気を立てているそれは、ゆるりとほどけて私の体を血液と一緒に巡ってゆき、指先からインクに滲んで、物語を構成する一本の糸となるのだ。



食べることは、生きることだ。

私の体は、魔女の料理で出来ている。

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