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【うちには魔女がいる】#2 おいなりさん

うちには魔女がいる。

魔女はハローキティとほぼ同い年。
7月生まれの蟹座。A型。右利き。猫派か犬派かでいったら、断然犬派。
私のお母さんの、5つ歳が離れた妹。

これは魔女がつくる、やさしい料理の備忘録である。


私はいわゆる『どんぐり眼』というやつで、まんまるで離れ気味の目は、見る者にどことなくひょうきんな印象を与える。らしい。
童顔というよりか、キャラクター感が強い。ファニーフェイスで人間よりも動物寄りの顔であるらしい私が、過去最も似ていると言われ続けた動物は、狸である。
哺乳綱食肉目イヌ科タヌキ属の食肉類で、飲み屋の出入り口にしばしば置いてある置物のモチーフになった、ずんぐりむっくりとした佇まいがなんとも憎めない、あのたぬき。
そう、私はたぬき顔の女なのだ。

ちなみに、おそらく次点で多く言われているのがウーパールーパーだ。なぜか水生生物系に例えられることもまあまあ多いが、できれば哺乳類の範囲内で収めてほしいところである。




さて、おいしいものも食べ歩きも大好き、魔女の料理を食べることは人生の命題といっても過言ではない食いしん坊街道まっしぐらの私だが、「好きな食べものは?」と聞かれると答えに窮してしまう。
魔女の教育のおかげできらいな食べものは胸を張ってほとんどないと答えることができるが、好物となると途端に悩ましい。だってカレーもコロッケも餃子もみんな好きだ。魔女のつくったものというだけで、大抵は私が好きなものである。
しかし、魔女がつくるたくさんの好物の中でも、おいなりさんが私にとっていっとう特別な存在であることは、まず間違いない。



たぬき似という評判とは裏腹に、私はなぜだか昔から〝あぶらあげ〟に対して妙な執着を抱えている。

ごく稀に食べるカップラーメンは7~8割の打率で赤いきつねを選んでしまうし、うどん屋ではたとえ1秒前までザルの気分だったとしても気がつくときつねうどんを注文している。女性でも男性でも、きゅっと目尻の上がったきつね顔の人を目で追いがちだ。
たぬきたぬきと幼少期から言われ続けているというのに、一体これはなんの業だろうか。


擦った生姜と一緒に食べる厚揚げや香ばしいネギ焼きも悪くないが、たっぷりと出汁を吸ってじゅぶじゅぶになったあぶらあげはまた格別だ。
水分を含んでふくよかに育った、うっすら茶色く色づいた大量のあぶらあげが鍋の中で健やかに眠っているのを見ると、無条件で口のなかの唾液がドバドバ増える。
やや硬めに炊いた米に、酢と砂糖と塩をまぶしてサクサク切るように混ぜると、いっそう艶が出て粒がピンと立ち上がるのが美しい。
水気の多いあぶらあげの口をさっと開いて、流れるような手つきで魔女が米を詰めていく。我が家のおいなりさんは平均より少し大きめだが、その分ふんわりと空気を含んでいて、口の中でほろりと米がほどけるやさしい口当たりだ。
はむっと噛みつくとやわらかな食感が口内に広がり、この時点でえも言われぬ多幸感に包まれる。

ぽってりとしたフォルムに、あまじょっぱい香り。
私の愛してやまない魔女のおいなりさんは、見た目までもが愛らしい。



おいなりさんを見ると狂う、というのが私の常の談だ。
その言葉どおり、おいなりさんを目の前にすると食欲も満腹中枢も理性も音を立てて弾け飛び、リミッターが完全にバカになる。見える範囲のおいなりさんが消えるまで咀嚼し続けるので、魔女は「おいなりさんは飲みものじゃありません」と毎度ドン引きだ。
食い意地が張っているわりに私は比較的小食なのだが、ことおいなりさんに関しては胃の容量がなぜか自動的に無制限になるので、ひたすらに食べては飲んで食べては飲んでを繰り返す〝おいなりさん永久機関〟に早変わりだ。はたから見ると妖怪じみている自覚はあるが、自制するつもりはあまりない。

魔女がおいなりさんをつくった日は、朝に軽くぱくり、昼にもぱくり、夜も残ったぶんもぱくりぱくり。魔女がちょっと離した隙にあるだけぺろりと平らげてしまう。
「今日は何いなり行った?」と聞かれて律儀に自己申告すると魔女にゲラゲラ笑われるが、仕方ない。
こちとら、いなりに狂った滑稽なたぬきなもので。


あぶらあげをくつくつと煮始めるともれなく、家のどこにいても匂いにつられてふらふらキッチンに吸い寄せられる私を見て、「やだあ、犬みたい」と魔女が笑う。
私のことを『妖怪おいなり盗み』くらいに思っているであろう魔女は、だけども私がおいなりさんをごくごく飲むように食べるのを見るたび、ちょっと嬉しそうにする。
なので私もいっさいの遠慮なく「たぬきはイヌ科なのでね」と笑い返して、さっそく味見用のおいなりさんを要求するのだった。

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