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【うちには魔女がいる】#8 おかえりなさい、どうぞ召し上がれ


うちには魔女がいる。

魔女はハローキティとほぼ同い年。
7月生まれの蟹座。A型。右利き。猫派か犬派かでいったら、断然犬派。
私のお母さんの、5つ歳が離れた妹。

これは魔女がつくる、やさしい料理の備忘録である。


祖父がどったんばったんと大きな音を立てながら応接間の掃除を始めてようやく、間近に迫ったお盆の到来に気づく。
大きくてやたらと重いソファを隣の部屋に放り込み盆棚をつくれば、いつもの部屋はすっかり盂蘭盆会バージョンに早変わりだ。
行燈を組み立てて灯りをつけると、途端に鮮やかな光の玉を周囲に巻き散らしながら、中の回転灯がくるくると回り始める。その様がどこかミラーボールじみていて、心の中でひっそり「お盆ディスコ」と呼んでいるのは秘密だ。


最近は夏の暑さがどんどん厳しくなって、墓参りに行くのにも一苦労である。
トオルくん一族の墓と我が家の墓は隣同士にある。魔女とヒトミちゃんは早朝に集合し、みんなよりも一足先に掃除に行くのが常だが、毎回脱水症状で倒れるんじゃないかと思うほど汗だくになって帰ってくる。暑くなる前に終わらせたいからと年々集合時間が早くなっているそうで、昨年は早朝5時集合だった。

例年お盆はみんなでなんとなく待ち合わせてお参りをして、近くの飲食店でお昼を食べて、なんとなくそのまま解散する。
しかし、これで終わりかと思ったら大間違い。

魔女の仕事は、これからが本番である。


にんじんピーマン茄子かぼちゃ、パプリカにゴボウ、れんこん。
鮮やかな色味が目を引く夏野菜には衣を付けずに、薄く油を引いたフライパンに投入する。ジューッと油の跳ねる音が耳に楽しい。
するすると軽やかにキッチンを泳ぎ回る魔女の背中を眺めていたら、お腹の虫が情けない声をあげた。食欲に負けて魔女の手元を覗き込む。

夏野菜の揚げ浸しに、冷しゃぶサラダ。キノコと根菜の炊き込みごはん。それらが大きな皿にドン! と乗っているのを見て、おや、めずらしいと思う。
魔女のつくるごはんはいつも品数が多く、豆皿でちょこっとずついろいろなおかずを出すような食事を好むので、いわゆる大皿料理というものは我が家ではあまり出てこない。それを言うと、魔女はふふんと鼻を鳴らした。
「大皿囲んでみんなで食べたら、田舎料理っぽくて雰囲気出るかなって。たまにはいいでしょ?」
ほほう、田舎料理。
なんともおいしそうな響きだ。




夕方になると、一度は解散したハルナたちが再びやってきた。
この時期は毎日うちに集まって、盂蘭盆会バージョンの応接間で日がなゴロゴロして一日が終わってゆく、というのが定番の流れだ。
最初はかしましく歓談していた大人たちは、昼すぎになると揃って船を漕ぎ始める。小さな寝息が聞こえる中、私とハルナが古いアニメの一挙放送をぼんやりと観て過ごす。
フィルムカメラで撮った写真みたいにピントがぼやけたこの空気感が、私は決して嫌いじゃない。



キッチンの方からいい匂いが漂ってくる。きっともうすぐ、魔女の田舎料理が運ばれてくる頃合いだ。
小皿に盛っておいた料理を仏壇に並べて、お線香に火をつけてチーンと鈴を鳴らす。母たちはもう帰ってきているのだろうか。

死んでからもこんなにおいしいごはんが待ってるならいいなあ。
手を合わせて、「おかえりなさい、どうぞ召し上がれ」と心の中で呟いた。

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