著作権法の憂鬱

 ご訪問ありがとうございます。

 以前,著作権法について触れたので,少しだけ掘り下げてみようと思います。

1 中山信弘先生の『著作権法』の序文「著作権法の憂鬱」

 日本の知的財産権法(特許法,著作権法,商標法,意匠法など)の泰斗である中山信弘東京大学名誉教授は,その著書『著作権法』(有斐閣,第2版,2014年)の冒頭に,「著作権法の憂鬱」という序文を掲載しておられます。

 以下少し抜粋して引用します。

 …今日では,我々は,生活の隅から隅までありとあらゆる種類の著作物に囲まれており,特に精巧な複製機器やインターネット等の普及により,何らかの行動を起こそうとすると,直ちに著作権問題にぶつかることになる。
 …従来の一般的な感覚としては,著作権法は特別な才能を持った創作者と出版業・放送業等の情報仲介業者に関係する法であり,一般人になじみの薄い法であるという意識が強かった。しかし,複製技術が発達し,誰でもが容易に複製をなしうる現在では,…個人生活における複製や公衆通信までも規律するようになり…著作権法の存在が大きな意味を持つようになってきた。
 従来の著作権法は,主として小説・音楽・絵画といった古典的・牧歌的な著作物を対象としており,…ビジネスローとしての色彩は薄かった。しかるに現在では著作権が経済財としての機能を高め,…著作権法は産業立法の一種としての性格を色濃くした。
 現在の著作権法の置かれている状況を一言で表現すれば,《混沌》という語が最も相応しいであろう。しかしそのような混沌状況において,コンテンツ・ビジネスはますます重要となっており,安定したコンテンツ産業発展のためには一定の秩序が必要となる。混沌状況の下における安定の要請が強まるという事態を前に,当分の間,著作権法は苦海を彷徨することになりそうである。
 …著作権法は改正されてはいるが,場当たり的な改正が多いと言わざるを得ない。それでも前世紀までは何とか乗り切ってきたが,デジタル時代になるとそれでは立ち行かなくなりつつある。また近年の改正は長文でかつ難解になりがちであり,法律家にとっても一読しただけでは何を意味しているのか判らない条文になってしまった。古くて立派な老舗旅館のようなもので,本館と新館と別館があり,その間を渡り廊下で結び,迷子になりそうな感じの作りになっている。

 中山先生は学生時代の恩師でもありますので,雑な引用をするなと怒られるかもしれません。「著作権法の憂鬱」は,いろいろと示唆に富む文ですので,気になった方はどうぞ中山先生の著作を手に取ってご一読ください。

 ここで言われているのは,ざっくり次のようなことだと考えます。

 すなわち,著作権法は,もともと古典的で牧歌的な著作物を対象とし,文化の保護を目指した法律であって,そうした観点から,著作権者には物権的に構成された強力な権利と,著作者人格権が付与されている。ところが,社会の変化の中で,著作権法が対象とする領域の中に,経済財的なもの(コンピュータ・プログラムなど)が入り込み,やがてその領域を拡大するとともに,一部の天才的な人と好事家だけではなく,より広い一般大衆が著作権法の世界に引き込まれるようになった。

 こうした古典的な著作権法の構造と,新しい著作権法の領域とは必ずしも親和性が高くなく,むしろいろいろなところで相克を生じる結果となっている。例えば,著作権法上,著作権の利用は個別的な契約がなされることを基礎としているが,デジタル時代には定型的かつ大量の処理が求められていることなど。

 何より,急速なデジタル技術の発展と広がりは,著作権の世界を異次元へと移動させ,さらには,法改正が追い付かない状況をも生み出している。

 大まかに要約するとこのような感じになります。

2 インターネット検索エンジンと著作権法

 こうした時代の変化と著作権法の対応関係が問題になった例として取り上げられることが多いのが,インターネット検索エンジンと著作権法との関係です。

 前出の中山先生の『著作権法』には,以下の記載があります。

 インターネット情報検索サービスを行うためには,世界中のサイトの情報を検索ロボットでクローリングして収集,整理,解析をし,検索結果を送信可能化や自動公衆送信するという作業が必要となる。しかし,世界中の無数のサイトの著作権処理を事前に行うことは不可能であり,外国のGoogleやYahoo!,百度等の業者は,無許諾で世界中のサイトの複製・翻案・公衆送信を行い,異議の申し出があった場合には削除するという方式(オプトアウト方式)を採用しており,日本のサイトも収集され,日本人はその外国の検索エンジンを利用するという状況にある。それに対し,わが国ではこのようなビジネスを行えば,複製権・翻案権・自動公衆送信権・送信可能化権侵害になる可能性があり,わが国で検索エンジン・ビジネスを行うことは危険であると考えられていた。…わが国でも,自前の検索エンジンが成功する可能性もあったと思われるが,著作権法がその邪魔をしていたとすれば,極めて遺憾なことである。

 一方,文化庁の「文化審議会著作権分科会報告書」(平成29年4月)は,1990年代から,日本でもオプトアウト型の検索エンジンが実施されていたと考えられることや,当時,これらの業者が著作権法との関係を問題視していたことの事実が確認されなかったことなどの調査結果を踏まえ,

国産の検索エンジンが育たなかった理由として日本では著作権法の権利制限規定が整備されておらず,逐一権利者の事前の許諾(いわゆるオプトイン)により利用せざるを得なかったこと等の指摘がある。しかしながら,この指摘については,前提となる事実認識に誤認があることや検索エンジンサービスの我が国における発展の経緯等,調査研究において把握された事実からは,権利制限規定がなかったことが我が国における検索エンジンサービスの発展に全く影響がなかったとまで断ずることはできないにしても,米国産の検索エンジンが我が国において大きなシェアを占めた要因を権利制限規定の未整備に帰する合理性を見いだすことはできなかった。

と報告しています。

 もっとも,これは規制側の文化庁の報告であり,多少割り引いて考える必要があるかもしれません。また,この報告書ですら,「我が国における検索エンジンサービスの発展に全く影響がなかったとまで断ずることはできない」としていることは一考の余地があるでしょう。

3 検索エンジンを合法化するための著作権法改正

 いずれにしても,著作権法はこの点について平成21年に改正され,同法47条の6の規定が追加されることになりました。

第四十七条の六 公衆からの求めに応じ,送信可能化された情報に係る送信元識別符号(自動公衆送信の送信元を識別するための文字,番号,記号その他の符号をいう。以下この条において同じ。)を検索し,及びその結果を提供することを業として行う者(当該事業の一部を行う者を含み,送信可能化された情報の収集,整理及び提供を政令で定める基準に従つて行う者に限る。)は,当該検索及びその結果の提供を行うために必要と認められる限度において,送信可能化された著作物(当該著作物に係る自動公衆送信について受信者を識別するための情報の入力を求めることその他の受信を制限するための手段が講じられている場合にあつては,当該自動公衆送信の受信について当該手段を講じた者の承諾を得たものに限る。)について,記録媒体への記録又は翻案(これにより創作した二次的著作物の記録を含む。)を行い,及び公衆からの求めに応じ,当該求めに関する送信可能化された情報に係る送信元識別符号の提供と併せて,当該記録媒体に記録された当該著作物の複製物(当該著作物に係る当該二次的著作物の複製物を含む。以下この条において「検索結果提供用記録」という。)のうち当該送信元識別符号に係るものを用いて自動公衆送信(送信可能化を含む。)を行うことができる。ただし,当該検索結果提供用記録に係る著作物に係る送信可能化が著作権を侵害するものであること(国外で行われた送信可能化にあつては,国内で行われたとしたならば著作権の侵害となるべきものであること)を知つたときは,その後は,当該検索結果提供用記録を用いた自動公衆送信(送信可能化を含む。)を行つてはならない。

 うーん…,という感じですね。
 まさに,「近年の改正は長文でかつ難解になりがちであり,法律家にとっても一読しただけでは何を意味しているのか判らない条文」というべきものです。

4 平成30年著作権法改正

 この条文は,その後さらに改正され,平成30年改正で,次のような条文にまとめられました。

第四十七条の五 電子計算機を用いた情報処理により新たな知見又は情報を創出することによつて著作物の利用の促進に資する次の各号に掲げる行為を行う者(当該行為の一部を行う者を含み、当該行為を政令で定める基準に従つて行う者に限る。)は、公衆への提供又は提示(送信可能化を含む。以下この条において同じ。)が行われた著作物(以下この条及び次条第二項第二号において「公衆提供提示著作物」という。)(公表された著作物又は送信可能化された著作物に限る。)について、当該各号に掲げる行為の目的上必要と認められる限度において、当該行為に付随して、いずれの方法によるかを問わず、利用(当該公衆提供提示著作物のうちその利用に供される部分の占める割合、その利用に供される部分の量、その利用に供される際の表示の精度その他の要素に照らし軽微なものに限る。以下この条において「軽微利用」という。)を行うことができる。ただし、当該公衆提供提示著作物に係る公衆への提供又は提示が著作権を侵害するものであること(国外で行われた公衆への提供又は提示にあつては、国内で行われたとしたならば著作権の侵害となるべきものであること)を知りながら当該軽微利用を行う場合その他当該公衆提供提示著作物の種類及び用途並びに当該軽微利用の態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、この限りでない。
一 電子計算機を用いて、検索により求める情報(以下この号において「検索情報」という。)が記録された著作物の題号又は著作者名、送信可能化された検索情報に係る送信元識別符号(自動公衆送信の送信元を識別するための文字、番号、記号その他の符号をいう。)その他の検索情報の特定又は所在に関する情報を検索し、及びその結果を提供すること。
二 電子計算機による情報解析を行い、及びその結果を提供すること。
三 前二号に掲げるもののほか、電子計算機による情報処理により、新たな知見又は情報を創出し、及びその結果を提供する行為であつて、国民生活の利便性の向上に寄与するものとして政令で定めるもの
2 前項各号に掲げる行為の準備を行う者(当該行為の準備のための情報の収集、整理及び提供を政令で定める基準に従つて行う者に限る。)は、公衆提供提示著作物について、同項の規定による軽微利用の準備のために必要と認められる限度において、複製若しくは公衆送信(自動公衆送信の場合にあつては、送信可能化を含む。以下この項及び次条第二項第二号において同じ。)を行い、又はその複製物による頒布を行うことができる。ただし、当該公衆提供提示著作物の種類及び用途並びに当該複製又は頒布の部数及び当該複製、公衆送信又は頒布の態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、この限りでない。

 改正の方向性は間違っていないと思われます(条文の難解さは相変わらずですが…)。
 例えば,旧47条の6は,権利制限の対象を「送信可能化された著作物」に限っていましたので,アナログ情報を含めた検索サービスなどには射程が及んでいませんでした。
 これに対し,改正法は,「公衆への提供又は提示が行われた著作物」に対象を拡大していますので,例えばアナログの書籍等の検索サービスも対象に取り込むことができています。また,利用方法についても限定がなくなりました。
 その代わりに,「付随利用」及び「軽微利用」の限定を置き,権利者の利益とのバランスを図っているわけです。

 また,技術の急速な進歩に法改正が追い付かない事態に対応するために,改正法47条の5第1項3号の定めを置き,権利制限の対象を法改正ではなく政令で対応できるようにしたのも特徴といえるでしょう。

 なお,改正法47条の5第1項1号はいわゆる検索エンジン(Googleなど)等が対象で,同2号は,AIによる情報解析などが想定されています。

 さらに,同条2項の規定は,検索サービスの提供者やAI等による情報解析者本人がやる場合だけではなく,第三者がそれらのサービスのための準備として,データベース,データセット等を作成する場合でも,当該準備行為自体を権利制限の対象とするものです。

 もっとも,こうした権利制限は無制限に認められるわけではなく,著作権法施行令7条の4,著作権法施行規則4条の4及び5に従うことが条件となっていることに注意が必要です(例えば,robots.txtやタグに「情報収集禁止」と記述されている情報については収集・提供しないことなど。)

5 最後に

 以上のように,著作権法は繰り返し改正され,直近の改正では,さらなる改正をせずに技術革新に対応できるような定めも置かれました。
 しかし,もう少しどうにかわかりやすい定め方はできないものでしょうか。
 
 さらにいえば,IT関連技術の進歩の速さを考えると,同様の問題はまだまだ出てくると思われます。

 “著作権法の憂鬱”は,続きそうです。

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