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リツイートを著作者人格権侵害とした最高裁判決

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 令和2年7月21日,最高裁判所第3小法廷は,Twitterにおいて他の投稿者が行ったツイートをリツイートした投稿が,著作者人格権侵害にあたるとした原審(知財高判平成30年4月25日)に対する上告を棄却し,原審の判断が確定しました(→判決文)。
 SNSの利用者にとってはかなり注意を要する判例であり,今回これについてみてみたいと思います。

1 事案の概要

 本件の事実関係はかなり複雑です。
 まず,被上告人(一審原告,以下「X」とします。)は,写真家であって,今回,Twitterに無断で自身の撮影した写真(以下「本件写真」とします。)をツイート及びリツイートされた方です。Xは,自身のWebサイトに本件写真を掲載していましたが,本件写真の隅には©マーク及びXの氏名のアルファベット表記が付加されていました。
 この本件写真が,まず,氏名不詳の第三者(以下「A」とします。)によってツイート(以下「本件ツイート」とします。)されました。その後,複数の氏名不詳者(以下「Bら」とします。)によって,本件ツイートはリツイート(以下「本件各リツイート」とします。)されました。
 Twitterの利用者の方ならわかると思いますが,これらのリツイートは,多くの人々のタイムラインに表示されます。ところが,Twitterの仕様により,タイムラインに表示された本件写真は,上下が一部トリミング(一部切除)された形で表示され,このため,Xが本件写真に表示していた©及びXの氏名表示は,タイムライン上では見えない状態になりました。
 このような事態を受けて,Xは,自身の著作権及び著作者人格権等が侵害されたとして,A及びBらの発信者情報の開示を求めて,Twitter社を訴えました。

2 発信者情報開示とは

 まず,注意が必要なのは,この訴訟の被告がTwitter社であり,AやBらではないということです。
 判決時点では,AやBらが誰であるかはXには明らかでなく,被告を特定しない民事訴訟が日本では不可能なことから,Xは,被疑侵害者であるAやBらを相手に訴訟をすることができません。
 このため,AやBらが誰であるかをXは調べる必要があります。このような手続について定めた法律が,「特定電子通信役務提供者の損害賠償の制限及び発信者情報の開示に関する法律」という長い名前の法律で,一般にはプロバイダ責任制限法と呼ばれています。
 Xとしては,AやBらに対して権利侵害についての損害賠償請求をするために,AやBらの情報を有していると思われるウェブサイトの管理者(Twitter社)に,その情報の開示を求めたわけです。

 プロバイダ責任制限法第4条第1項は,発信者情報開示について,次のように定めています。

第四条 特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害されたとする者は、次の各号のいずれにも該当するときに限り、当該特定電気通信の用に供される特定電気通信設備を用いる特定電気通信役務提供者(以下「開示関係役務提供者」という。)に対し、当該開示関係役務提供者が保有する当該権利の侵害に係る発信者情報(氏名、住所その他の侵害情報の発信者の特定に資する情報であって総務省令で定めるものをいう。以下同じ。)の開示を請求することができる
一 侵害情報の流通によって当該開示の請求をする者の権利が侵害されたことが明らかであるとき。
二 当該発信者情報が当該開示の請求をする者の損害賠償請求権の行使のために必要である場合その他発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があるとき。

 条文からわかる通り,発信者情報開示を求める請求者は,自らの「権利が侵害されたことが明らか」であることを証明しなければなりません。

 本件の第一審は,Aについては,著作権(公衆送信権)侵害が成立することは認めましたが,Bらについては,著作権・著作者人格権ともに非侵害であると判断しました。

 これに対し,原審の知財高裁は,Aについて,著作権侵害とともに著作者人格権(同一性保持権・氏名表示権)侵害の成立を認め,Bらについては,著作権侵害は一審同様否定しましたが,著作者人格権侵害は肯定し,これらの者についてのメールアドレスの開示請求を認めました。

 今回の最高裁は,この原審に対するTwitter社の上告を棄却したことから,原審通りの判断が確定することになります(もっとも,同一性保持権に関する上告受理申立ては最高裁により排除されているため,最高裁が正面から判断したのは氏名表示権のみということになります。)。

3 最高裁が氏名表示権侵害を認めたのはどのような行為か

 最高裁で問題となったのは本件各リツイートです。
 本件各リツイートが行われたことにより,閲覧者のタイムライン上に,本件写真の画像ファイル保存用URLへのリンクが自動的に設定され,これによりタイムライン上に,本件写真が表示されることになります。
 
 ところが,この表示の際に,Twitter社のシステム(仕様)により,リンク先の元の画像とは縦横の大きさが異なる画像や,トリミングされた画像が表示されることがあり,本件写真についても,元の画像の上下が切除された状態となりました。

 この結果,本件写真下部に表示されていたXの氏名が表示されなくなりました

 著作者の氏名表示について,著作権法は次のように定めています。

第十九条 著作者は、その著作物の原作品に、又はその著作物の公衆への提供若しくは提示に際し、その実名若しくは変名を著作者名として表示し、又は著作者名を表示しないこととする権利を有する。その著作物を原著作物とする二次的著作物の公衆への提供又は提示に際しての原著作物の著作者名の表示についても、同様とする。
2 著作物を利用する者は、その著作者の別段の意思表示がない限り、その著作物につきすでに著作者が表示しているところに従つて著作者名を表示することができる。

 Bらの本件各リツイートは,少なくともタイムライン上では,Xの著作者名としての表示がないものでしたから,著作権法第19条第1項に反し,Xの氏名表示権を侵害するのではないかが問題となったわけです。

4 Twitter社の反論

 Twitter社は,上告受理申立て理由において,次のように原審に反論しました。
 すなわち,

①Bらは,本件各リツイートによって著作権侵害となる著作物の利用をしていない(本件各リツイートが「著作権」を侵害していないことは原審でも認められていました。)から,著作権法第19条第1項の「著作物の公衆への提供若しくは提示」をしていない。

②タイムラインを見たTwitterユーザーは,表示された画像をクリックすれば,氏名表示がされた元画像を見ることができるから,「すでに著作者が表示しているところに従つて著作者名を表示」(著作権法第19条第2項)しているといえる。

5 最高裁の判断

 まず,①については,氏名表示権は,著作者と著作物の人格的結びつきという利益を保護するものであるが,その趣旨は,著作権侵害となる著作物の利用を行うかどうかには関係がないとしました。
 著作物を利用する以上は,それが著作権侵害となると否とにかかわらず,著作者人格権侵害となる可能性を肯定したわけです。

 次に,②については,Twitterの利用者は,Twitterの仕様を前提にリツイートを行っていること,クリックにより元画像が表示されるとしても,クリックをしない限り著作者の氏名を目にすることはないこと,ユーザーが必ずクリックを行うような事情もうかがえないことなどから,本件各リツイートが著作者名を表示したことになるとはいえないとしました。

 したがって,AによるツイートをリツイートしたBらの行為は,著作者人格権という権利を侵害するものであり,Twitter社は,A及びBらの発信者情報を開示しなければならないとの原審の判断が肯定されました。

6 戸倉三郎裁判官の補足意見

 この判決には,戸倉裁判官の補足意見が付されています。
 ここでは,Twitter利用者にとって,ひいては広くSNSを利用する者にとって,厳しい判断が示されています。曰く,

もっとも,このような氏名表示権侵害を認めた場合,ツイッター利用者にとっては,画像が掲載されたツイート(以下「元ツイート」という。)のリツイートを行うに際して,当該画像の出所や著作者名の表示,著作者の同意等に関する確認を経る負担や,権利侵害のリスクに対する心理的負担が一定程度生ずることは否定できないところである。しかしながら,それは,インターネット上で他人の著作物の掲載を含む投稿を行う際に,現行著作権法下で著作者の権利を侵害しないために必要とされる配慮に当然に伴う負担であって,仮にそれが,これまで気軽にツイッターを利用してリツイートをしてきた者にとって重いものと感じられたとしても,氏名表示権侵害の成否について,出版等による場合や他のインターネット上の投稿をする場合と別異の解釈をすべき理由にはならないであろう。

 うーん,という感じです。
 「当然に伴う負担」なのでしょうか。

7 林景一裁判官の反対意見

 他方,本判決には,林裁判官の反対意見も付されています。

 林裁判官は,まず,トリミングがTwitterの仕様により生じたものであり,Bらにおいて,ツイートの際に元ツイートの画像を削除したり,表示方法を変更したりするすべがなかったこと,そもそも著作者に無断で画像をアップロードしたのはAであることの2点を考慮し,Bらが著作者人格権の侵害主体とは評価できないとしています。

 さらに,林裁判官は以下のように述べます。

本件においては,元ツイート画像自体は,通常人には,これを拡散することが不適切であるとはみえないものであるから,一般のツイッター利用者の観点からは,わいせつ画像等とは趣を異にする問題であるといえる。多数意見や原審の判断に従えば,そのようなものであっても,ツイートの主題とは無縁の付随的な画像を含め,あらゆるツイート画像について,これをリツイートしようとする者は,その出所や著作者の同意等について逐一調査,確認しなければならないことになる。私見では,これは,ツイッター利用者に大きな負担を強いるものであるといわざるを得ず,権利侵害の判断を直ちにすることが困難な場合にはリツイート自体を差し控えるほかないことになるなどの事態をもたらしかねない

 私には,林裁判官の意見の方が,多くのSNS利用者の肌感覚に近い判断に思えるのですがどうでしょうか。

8 最後に

 いずれにしても,最高裁の判断は示されました。
 著作者人格権侵害は,刑事罰もあり得る重大な違法行為です(著作権法第119条第2項第1号,法定刑は5年以下の懲役もしくは500万円以下の罰金又は併科。)。
 
 SNS上に表示されている画像その他の著作物(に該当すると思われる表現物等)をリツイートやシェアなどにより紹介する場合,対象物がどのような経緯でネット上に公開されているものか,紹介した場合にそれがネット上でどのように表示されるのかについて,慎重に検討しなければならないといわざるを得ません。著作者の表示や著作者の同意等に関する事前調査が必要ということになります。

 果たして本当にこれでよいのか,法改正による対応はあり得ないのかなど,議論が必要なのではないかと思われます。

 本判例が,日本におけるSNS利用の障害とならないことを祈るばかりです。

 なお,他方で発信者情報開示のハードルの高さも別に問題となっているところです。本件では原告であるXにおいて,本判断は救済となったことでしょう。判決からだけではわからない事情もいろいろあったようです(→原告代理人のWebサイト)。

 インターネット・デジタル時代と著作権法の葛藤は深まるばかりです。


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