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国道

夏休みになると
自転車で旅に出る男の子たちがうらやましかった
大きな国道沿いの集合住宅から、弾け出す群れ
蝉のぬけがらを轢いて、
宿題は忘れて

日差しに溶けないように黒くなった
細っこい脚の駆け出す 立ちこぎの夏を横目に
わたしには初潮がきた。
プールに行けない理由もうやむやにして
去年とおんなじ アニメを眺め
かあさんの置いてったおにぎりを食べた
まだクロールも下手やった

この夏は初めてのボーナスが出たので
故郷から車で一時間ほど隔たった街に
恋人と暮らす部屋を借りた
この部屋の夜にも
国道を走るトラックの灯りがはいってきて
傍らに眠る恋人の顔を別の人みたいに照らしていく
一昨日浜辺でいっしょに陽に灼けた顔色が消されて
触れようとするわたしの指を少しだけ拒む

目元を深く見せる睫毛の影と
浮き上がる頬骨のかたち 
そして生え際の、膨らんだふるい傷跡。

額の寝汗を手のひらで拭ってみる
この傷が熱を持っていた夜のことをわたしは知らない 
この傷がなかった頃の彼のことをわたしは知らない 
良う、ここまできたね。
額の寝汗を手のひらでまた拭う

つけっぱなしの小さなテレビから
今日最後のニュースが流れる。
テロリストの爆弾にジャーナリストの夫を奪われた女性は
カメラを見据えて、愛する人は粉々の遺体まで可愛かったと
まっすぐに微笑んで言った。
亡き人のかけらのこびりついた帽子を握りしめて。
テレビの向こうは砂漠の国の太陽をはじくブラウスの白
水槽に振動を残して遠ざかっていく、トラックの音。

彼の寝汗を手のひらでまた拭う
どこまでも泳げそうな広い肩が扇風機で乾く
冷たくなった肌が 今は少しだけ怖い

夏休みになると遠くへ旅に出る男の子たちがうらやましかった。
あの子たちはどこへ辿り着いたんだろう?
わたしは彼の傷を指先でなでる。
明日は、泳げなかった頃の話をしようか。



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