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クッキー

23時20分。私はクッキーを食べている。
ステラおばさんのアーモンドチョコチップクッキーを大切に食べている。
こんな時間に甘いものを食べるのに罪悪感なんて必要ない。
遅くに帰ってきて、変な格好で椅子の上に丸まって時間を溶かす石像になってしまう前にシャワーを済ませて、スキンケアをして、髪の毛を乾かした。
ぜんぶ終わらせて、帰ってきた瞬間から涼しくしておいた部屋で椅子に座るとき、ああ、今「素」だな、と思う。1日の間で身につけたもの、自分がまとっていた空気、会った人の気配をぜんぶ脱いで、洗い流して、わたしの本体だけが残る。
このクッキーを食べるのは、今が一番いい。
分厚くてざくざくとしていて、噛むたびにわたしを甘やかしてくる。
眠れなくなるからコーヒーを一緒に飲むのは我慢している。それだけがくやしい。

友だちがひどい男と付き合っていて、でも大好きで、でもこのままだったらぜったいにだめになるとわかっていたから、別れるとやっぱり別れないを何回か繰り返して、半年ぐらいかけて片付けたと聞いたとき、ハーゲンダッツを持って彼女に会いに行った。彼女は三角形の部屋に暮らしていて、その三角形のまんなかに2人で座って、話を聞いた。彼女はすっきりとした顔で話していたけど、ときどき思い出したかのようにしゅんとした。ぜんぶ話を聞いたあと、一緒にハーゲンダッツを食べた。おいしい?と聞いたら、彼女はにっこり笑ってうなずいたから、とても安心した。
そのときから、おいしいものをゆっくりと食べる時間があって、おいしいと思えたら、心は大丈夫に近いところにいるのかもしれないな、と思うようになった。

真夜中のクッキーは、わたしが知らないあいだに自分の心をどこかに追いやってしまっていないかをたしかめるための、大切な儀式だ。

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