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実証研究紹介5:官僚制度と政治(2)

このページでは自分の専門と関連する分野を中心に、最近の査読付き学術誌(英語)での社会科学の実証研究結果について紹介していこうと思います。このようなページを書こうと思った動機は、日本での政策議論や論壇等で国際的な査読付き学術誌での実証研究成果にあまり目が向けられていないと思ったからです。細かい内容紹介や訳出は時間の制約上できかねますので、この投稿が論文の存在を知るきっかけ程度になればと思います。紹介した論文の送付もできかねますので、ご自身で入手をお願いします。

今回は最新の研究ではありませんが、官僚制度と政治との関係を実証研究の視点から考えるにあたっての古典ともいえる研究を紹介します。

Evans, Peter, and James E Rauch. 1999. "Bureaucracy and growth: A cross-national analysis of the effects of" Weberian" state structures on economic growth." American sociological review 64 (5):748-765.

マックス・ヴェーバーの官僚制度については多くの人が授業や本等で聞いたことがあると思います。しかし、ヴェーバーが言う官僚制度とは具体的にどのような特徴を持つのか、どのような国の行政システムがそうした特徴をもつのか、そうした官僚制度の特徴はどのような効果に繋がるか、という定量的な実証研究が盛んになったのは最近です。今回はそうした実証研究の先駆けとなった Evans & Rauch (1999)を紹介(Google Scholar引用数1696 本日時点)。

論文ではまず "Weberianness Scale"、つまり官僚制度がどれだけヴェーバーの言う理想的な官僚制度に近いかの指標を作ることを目的とします。細かい説明は省きますが、各国の官僚組織が1)どの程度、能力主義採用(政治的なコネクションやコネなどではなく)を行っているか、2)官僚組織の人事システムが予測可能でやりがいをもって長期キャリアを築ける仕組みになっているかに着目し、この指標で各国の"Weberianness Scale"を測定しています。ヴェーバー型官僚制については定性的には議論が行われていましたが、論文執筆時点では各国を比較できるような定量データはなく、実証研究上の課題となっていました。Evans & Rauchは35ヵ国(主に当時の開発途上国中心)を対象に各国の地域研究者・専門家に対する専門家調査を実施して、各国行政機構の"Weberianness Scale"を測定。対象国ではシンガポール、韓国、台湾、香港といった東アジア諸国が一番高く、パキスタン、マレーシア、スペイン、インド、ギリシャ等が続いています。逆に、ヴェーバー度が低い官僚制を持つ国はドミニカ、ケニヤ、グアテマラ、ナイジェリア、アルゼンチン 等です。論文では1970-90年のデータセットを用いて経済成長率との相関関係を分析し、高経済成長率と"Weberianness Scale"の正の相関を示しています。

当然、現時点から見ると方法論等に課題を指摘するのは容易ですし、専門家調査によるバイアス、定量化に伴って失われる情報等の問題は当然容易に思いつくことは出来ますが(筆者が学部2年生向け授業に課題論文の一つとして加えた際にいつも聞かれる指摘)、記述的・規範的に行われていた官僚制研究を定量的に進めたという点で評価されるべき論文と思います。

下記ではEvans & Rauch論文の後に続いたいくつかの最近の実証研究を紹介します。近年ではGood governanceについての実証研究が盛んになり、good governanceとは何か、官僚制度の示す役割とそのマクロ的な効果についての研究が行われています。

Bersch, Katherine, Sérgio Praça, and Matthew M Taylor. 2017. "State capacity, bureaucratic politicization, and corruption in the Brazilian state." Governance 30 (1):105-124.

Cornell, Agnes, Carl Henrik Knutsen, and Jan Teorell. 2020. "Bureaucracy and Growth." Comparative Political Studies.

Dahlström, Carl, and Victor Lapuente. 2017. Organizing the Leviathan: How the relationship between politicians and bureaucrats shapes good government. Cambridge: Cambridge University Press.

Fukuyama, Francis. 2013. "What is governance?" Governance 26 (3):347-368.

Holmberg, Sören, and Bo Rothstein. 2012. Good government: The relevance of political science. Cheltenham, UK: Edward Elgar Publishing.

Holmberg, Sören, Bo Rothstein, and Naghmeh Nasiritousi. 2009. "Quality of government: What you get." Annual review of political science 12:135-161.

Jindra, Christoph, and Ana Vaz. 2019. "Good governance and multidimensional poverty: A comparative analysis of 71 countries." Governance.

Lapuente, Victor, and Kohei Suzuki. 2020. "Politicization, Bureaucratic Legalism, and Innovative Attitudes in the Public Sector." Public Administration Review. doi: 10.1111/puar.13175.

Oliveros, Virginia, and Christian Schuster. 2018. "Merit, tenure, and bureaucratic behavior: Evidence from a conjoint experiment in the Dominican Republic." Comparative Political Studies 51 (6):759-792.

Reinsberg, Bernhard, Alexander Kentikelenis, Thomas Stubbs, and Lawrence King. 2019. "The world system and the hollowing out of state capacity: How structural adjustment programs affect bureaucratic quality in developing countries." American Journal of Sociology 124 (4):1222-1257.


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