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実証研究紹介7:どうして政策形成過程では科学的知見が活用されにくいのか

このページでは自分の専門と関連する分野を中心に、最近の査読付き学術誌(英語)での社会科学の実証研究結果について紹介していこうと思います。このようなページを書こうと思った動機は、日本での政策議論や論壇等で国際的な査読付き学術誌での実証研究成果にあまり目が向けられていないと思ったからです。細かい内容紹介や訳出は時間の制約上できかねますので、この投稿が論文の存在を知るきっかけ程度になればと思います。紹介した論文の送付もできかねますので、ご自身で入手をお願いします。

実証研究紹介4では政策形成における専門知識と政治的影響についての最近の国際比較研究論文(Boräng et al. (2018))を紹介しました。今回は、環境分野を対象として、政府の意思決定過程でどうして科学に基づいた知識が活用できないか、阻害要因についての研究を紹介します。昨年、勤務先の大学で、社会科学と自然科学の両方の知識と視点を育てることを重視した環境分野の修士課程が新設されました。両分野からの研究者がチームを組み授業をするのですが、私は社会科学(行政・公共政策)の側の一員として授業の一部を担当しました。今回はその時に授業で扱った論文(Lalor et al. 2014) を紹介します。

Lalor, Briony M, and Gordon M Hickey. 2014. "Strengthening the role of science in the environmental decision-making processes of executive government." Organization & Environment 27 (2):161-180.

研究はカナダ、オーストラリア、ニュージーランド、アイルランド、英国のウエストミンスター型の議院内閣制を採用する5か国の環境分野の大臣経験者(政治家)と管理職公務員へのインタビュー(52件)に基づく探索的研究 (exploratory study)です。こうしたトピックでは本格的な実証研究はデータ制約上難しいのですが、こうした探索研究はそれに繋がる土台になると思います。

環境分野での科学的知見・知識を政策形成に用いるには次のようなことが課題。

1)科学知識の情報源の多元化・複雑化:多様化する科学的知識の情報源に政治・行政側が追いついていない。多くの環境を専門とする行政機関(環境省、環境庁等)は、実際には科学的知識に関する情報を外部機関(コンサル、大学、シンクタンク、利益団体)に依存せざるを得ない。しかし、そこには相反する情報や多様な知識が含まれており、実際にどの科学的知識を選択するかが難しいし、社会利益や環境担当部門の見方とは異なる知見も挙がってくる。多様な知見・知識の中から選択しなければいけないので、ある大臣経験者は自分たちが科学に基づいた知識の質の判定者になっていると感じるとしている。また、科学的知識の政治化( politicization)も課題

2)政治家と科学者コミュニティーを結びつける制度の不在、アドホック(その都度ごと)の政府(政治・行政)と科学者のコミュニケーション:政策形成過程で政策と科学を結びつける恒常的な制度がない。あってもアドホックなもので、政策形成の過程で科学者や利益関係者の意見を取り入れる恒常的な仕組みが望まれる。

さらに、環境を所管する行政内部の問題としては次のことが挙げられる。

1)行政スタッフの専門知識と能力の不足:行政側で科学的知見を政策に落とし込む技術や能力が欠けている。政府内部にそうしたことが出来る人材がいないため、科学的な知識の情報が大臣レベルに上がった時点で政治的影響力のある政治家や経済的利益の影響力が強くなってしまう。

2)組織文化:環境を所管する行政内部でも政策形成における科学の役割についての理解が不足している。政策グループと科学グループの対立。組織内部の変革に対する抵抗

論文ではこの他にもいくつか今後に向けた改善策や提案等が書かれています。Noteを記載していて、コロナ対策をめぐる日本の政府内部での当てはまる部分が多くあると感じました。

政策形成と科学の知識・専門家のトピックについてのいくつかの論文を掲載しておきます

Botterill, L. C. (2017). Evidence-based policy. In Oxford Research Encyclopedia of Politics.

Head, B. W. (2016). Toward more “evidence‐informed” policy making?. Public Administration Review, 76(3), 472-484.

Hoppe, R. (1999). Policy analysis, science and politics: from ‘speaking truth to power’to ‘making sense together’. Science and public policy, 26(3), 201-210.

Spruijt, P., Knol, A. B., Vasileiadou, E., Devilee, J., Lebret, E., & Petersen, A. C. (2014). Roles of scientists as policy advisers on complex issues: a literature review. Environmental Science & Policy, 40, 16-25.

Weiss, C. H. (1979). The many meanings of research utilization. Public administration review, 39(5), 426-431.



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