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いつか観たマドレーヌ・ルノー

これは持っていない本の話。
東京駅から東北新幹線に乗り、那須塩原駅で宇都宮線に乗り換え、計一時間半ほどのところにある黒磯には、今もあるSHOZO CAFEというカフェと、今はもうない白線文庫という古本屋があった。ある夏、中目黒にあるCOW BOOKSがSHOZO CAFEの敷地内の空いている場所で古本の出張販売をするということで、夏の旅行も兼ねて黒磯に行った。
COW BOOKSの出張販売は、自前の古本トラックで行われる。自動販売機の補充で使われるボトルキャリアーを改造してつくられたトラックで、飲み物の代わりに古本が詰まっている光景はとても素敵だ。黒磯駅から徒歩10分ほど離れたところにあるその場所まで行き、古本を見た。ちなみに黒磯駅周辺は古い建物や昔からやっているお店が多くありいい雰囲気をしていて、そのなかの食器がたくさん並ぶお茶屋さんで、トムコリンズ用のまっすぐ背の高いグラスを買った。今そのグラスは水だけで生きていける植物を入れてキッチンに置いてある。そのお茶屋さんはといえば、急なお通夜だかお葬式の香典返しの準備で、割とバタバタとしていた。
COW BOOKSの出張販売では、せっかく来たのだから何か買わなくてはと思い、くまなく見たけれど、残念ながらすごく欲しい本はなく、一応という感じで西海岸についての本を買った。一応という感じで買った本は大抵は手放すことになる。例外に漏れずこの西海岸についての本も今はもう手元にない。
欲しい本が訪れた古本屋にないというのは、もちろん古本屋のせいでは決してない。それは自分の興味の範囲が狭いせいで、その興味の範囲の狭さは、たまに大きな古本市でも一冊も買えないという事態を引き起こす。それでも興味は少しずつ広がってくるのだが、広がったときにいつかどこかで見たことのある本を欲しくなり、その時買わなかった自分を呪ったりする。逆もあって、興味が移ってしまった後では、どうしてあんなに大事に思っていたのだろうと手放してしまう本もある。
一応の体でCOW BOOKSの出張販売で一冊買った後、駅とは反対方向に足を伸ばして歩いていくと、白線文庫という小さな看板を目にした。黒磯のSHOZO CAFEのまわりには、SHOZO CAFEの関連の店が三店舗あり、また、SHOZO CAFEが出来てからなのだろうが、ヴィンテージ家具を売るショップや別のカフェがあった。そんな中で白線文庫という本屋を見つけたから、黒磯には色んな良さそうな店があるんだなと思ったくらいだった。今思い返せば、そこにあるのが奇跡のような店だったのだ。
白線文庫は古い一軒家の古本屋で、中に入ると仕切りの少ない日本家屋に、壁中が棚という感じで本棚があった。この様子を見て興奮しない古本好きはいないだろう。しかも並んでいるのはあまりピカピカしていない、いわゆるいい面、いい表情をした本が多かった。思い返すと、どんな本が並んでいたかは思い出せないけれど、そのときは結構な時間をかけて棚を見ていった。そして何冊か買ったはずなのだが、何を買ったのかまったく覚えていない。それでも満足して店を出たことは覚えているから、きっとそのときの自分なりに納得がいくものを買えたのだろう。
白線文庫はその後移転をしたらしい。場所が鳥取と聞いて、行くこともないのだろうと思い、それから一度だけ行ったあの店の風景を思い浮かべた。黒磯はこういう店があっていいな、また来ようと思ったけれど、それはもう果たされなくなってしまった。黒磯のあのあたりにあった店も、ひとつひとつその場所に決めた理由があり、また、そこを離れる理由があった。それぞれに人生があって、僕はたまたまその時に、その人生と交差したのだった。
買った本を持ってSHOZO CAFEに行き、アイスコーヒーとデザートのセットを頼んだ。確かパンプキンプリンのようなものだった気がするが、これが恐ろしく美味しかったことを覚えている。SHOZO CAFEには色んなところに本棚があって、自由に読んでいいことになっている。見たところ良さそうな本が並んでいたので、頼んだものが来るまで物色した。
そこで見かけたのがこの「いつか観たマドレーヌ・ルノー」で、今でも忘れられない一冊になった。今思い返してもいいタイトルだと思う。いつか観たというあいまいで、センチメンタルで、思い出せない思い出のような言葉も、マドレーヌ・ルノーという人の名前なのか何か別の名前なのか判断がつかないような固有名詞もいい。また本のデザインがよかった。背表紙はその本の背幅にそれしかないような級数で、まったく素っ気のないゴシック体でタイトルが入っていた。背がいい本は手に取りたくなる。手に取ると表紙も同様に素っ気のないデザインで、背の文字が横になっただけのタイトルと著者名の下に、訳のわからない青みがかったピエロのような写真が角版であった。こういった、タイトルがゴシックや明朝のシンプルな書体で、その下に角版で写真かイラストが入っているデザインの本が好きだ。とにかくその「いつか観たマドレーヌ・ルノー」は、タイトルと装丁がぴったりと合っていて、とても素敵な本に思えた。けれど僕はその本を本棚に戻し、そのときに読みたかった本を手に取ってしまった。今は思い出せないけれど、よほど読みたかったのだろう。いい本だなという思いだけを残して、中身を知ることはなかった。
その後どうしても忘れられず、インターネットで調べることになる。するとさすがのAmazonで、画像付きで何冊か出てきて、その時に見た表紙を再び見ることができた。作者を調べるとその一冊しか出しておらず、出版社も謎のところだった。どうして、SHOZO CAFEにその本が流れ着いたのだろう。インターネットで買おうか迷ったが、いつかどこかで出会うだろうと思い、買わずにいる。そうやって、どこの古本屋に行ってもいつも探してしまう「いつか観たマドレーヌ・ルノー」は永遠の探求書になった。

#本 #古本 #SHOZOCAFE #白線文庫 #COWBOOKS

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