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怪獣を2体飼いならした件について


先週の出来事をお話しさせてください。

水曜日。平日ど真ん中。
10時頃、友人YからLINEが届く。


「今日どや?」


ワンナイトを目論む変態関西じじいかの様な台詞ですが、ただの飲みの誘いです。仕事が終わった後、特に予定のない僕は、

「いけるよー」

と返信し、同じく参加の意思表明をした友人Tを含む計3人で夜飲みに行くことに。


終業後、動きづらく疲れを促進する上に社会人感をアピるだけのアイテムな気がして苦手なスーツという衣服から着替えるべく、一度帰宅し、楽な服装になったところで飲みの場へ向かった。


無事合流し、3人で居酒屋へ。
酒好きの3人ということもあり1件目からかなり飲んだが、それでは終わらず2件目でも飲み続ける。


(このメンバーみんなお酒強いよなー)


なんてことを思いながら席を離れトイレで用を足していると、何やら店内が騒がしい。
店内で流れている有線と、どこからか爆音で流れてる音楽が混ざっていてフェスのようになっている。

何事だ!?とトイレから戻ってみると、友人2人が自宅の如くスマホで音楽を流していた。




友人Y「この曲めっちゃいいから!」



友人T「いや!この曲聴いてみろよ!」



友人Y「曲変えんなぁぁ!」



友人T「チョッゲプリィイイイイイイ!!」



僕「・・・・・少し目を離した隙に急に酔ったなてめぇら」



音量を下げろと注意した後に、店員から閉店する時間だと告げられる。
帰り支度をしていると、



友人T「オイラ、ガールズバーに行きたい!!!」



もの凄い純粋で綺麗な目をしながら、突拍子もない下衆なことを言ってきた。
明日も仕事だろうが、、と言おうとした時には既に友人Tは居酒屋の店員さんに近隣のガールズバーの聞き込みをしていた。行動力の凄さは褒め称えたい。

だいぶ遅い時間だったため、2人がガールズバーに向かう道中に僕はドロンさせてもらおうと考えていたが、そんな考えはお店を出た瞬間消えた。



友人Tが歩けない。




これまで、酔ってる人は沢山見てきたし、歩けない人も沢山見てきたが、その中でも「頑張ればギリギリ歩ける」選手権の優勝候補となるだろう。千鳥足のお手本、模範解答。普通に気持ち悪かった。新手の奇行種だった。


そもそもこの日飲んでいた場所があまり治安が良くなく、外には酔っ払って倒れている大学生や社会人が多かったが、その人達ですらも、友人Tの千鳥足を見て引いていた。引きすぎて見てる人達の酔いが覚めていくのが感じられた。友人Tは歩くウコンと化していた。


友人Yも酔っていて騒ぎ出す始末。
(流石にこの怪獣2体をこの街に野放しにして帰ることはできない。。。)

僕は終電ギリギリに駅にダッシュすることにして、2人を抱えてガールズバーまでは見届けることにした。



ガールズバーに到着。


カウンター前の椅子に座ることすらできない友人Tを押さえつけながらなんとか座らせ、可愛い女の子3人がお酒を運んできてくれた。この3人が被害者にならないことを祈る。



・・




・・・



被害者1人目「りほです。よろしくお願いしますー」

友人T「グレッチで僕を殴ってええええええ!!!」



被害者2人目「まいです。よろしくお願いしますー」

友人T「クッキーモンスターに似てる!」




被害者二人目「りこです。よろしくお願いしますー」

友人T「きぃぃみの手でーーーーー!!!切ぃぃぃり裂ーいーてえええええええ!!!!」




カオス。
ちなみに友人Yは永遠にまいちゃんの腕を触りながら「いいねー。いいねー。」と藤岡弘の如くタトゥーを永遠に褒めている。


まぁ何はともあれ、二人をここに送ることができたし僕は帰りますか。と、帰り支度をしようとしたその時、





女の子3人が(ふざけんな。お前は帰るな。この怪獣を置いて帰ることは許さん。)と言わんばかりに僕を見ながら首を振る。



・・・・・というわけで、僕は終電を逃した。

怪獣2人がお店を荒らしに荒らした後、怪獣を誘導しタクシーという名の牢屋に閉じ込めて見送る。




ふー。疲れた。今思えばスーツから着替えておいてよかった。
怪物を躾けるには相当の運動量が必要だったため、スーツだったら泣いていただろう。


僕もタクシーを拾い、そこそこ引く金額を支払い無事家の少し手前辺りに着く。時間は深夜3時。へとへとだ。今日はソファで寝て、朝シャワー浴びよう。とりあえず早く寝たい。家に帰ろう。



てくてくてく






????









!?!?!?!?!?






見ろよ南。


きれいな顔してるだろ。


ウソみたいだろ。


寝てるんだぜ。それで。


駐車場の車止めを枕にしてる酔っぱらいなんだぜ。





怪獣3体目(知らない人)を介護して、結局自宅の扉を開けたのは午前4時だった。

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