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#深夜のみしぇ論 金木犀の香りで思い出されるひとになりたい

ぼくの生まれ育った沖縄では金木犀は咲かない。

咲かない、と言い切ってしまうと、もちろんいくつかの例外はあるかもしれないのでいささか正確さに欠けるけれど、少なくともこちらのように植栽として一般的に親しまれている樹木ではない。実際ぼくが沖縄で過ごした十八年間で金木犀を目にしたことは一度もないし、当然ながらその花の香りに触れることもなかった。

ぼくの大好きな『ハチミツとクローバー』という漫画には金木犀の香りが重要な意味を持つシーンが存在する。

真山という男に長らく片想いをしていた傷心の山田が、バイト先の社員である美和子さんという女性に連れられてスーパー銭湯へと行くシーンがある。
ひと通りスパやマッサージを楽しんだ彼女たちは休憩コーナーでビールやおつまみを買い込んで、秋の夜のスーパー銭湯のテラス席へと出る。そこでふたりは金木犀の香りに気づくのだ。
山田にとって金木犀の香りは、想いびとであった真山の姿を探してキャンパスをあてもなく歩いていた学祭期間中の記憶を呼び起こすものだったのだ。

この漫画には本当にたくさんの素晴らしいシーンが存在するのだけど、その中でもとりわけ好きなシーンだ。

さて、このシーンのおかげでぼくは金木犀という花の存在を沖縄にいたころから知ってはいたのだが、大阪で学生生活を送るようになってから実際にこの花の香りを認識するようになったのはかなり時間がたってからのことだった。

もちろん近所に金木犀が植えられていなかったということではなく、その花たちはあらゆるところで甘い香りを振りまいてはその存在を主張していたのだろうけど、不思議なことに知らない花の香りとはどうも記憶に残らないようで、通っていた大学の構内にもかなりの数の金木犀が植えれらていることに気づいたのは卒業も間近な四年生の秋になってからだった。

ことしも、この一週間くらいで金木犀がその小さな黄金色の花をつけ、艶やかな香りをあたりに放ちはじめた。

香りと記憶は密接に結びつくと言われているが、ぼくが金木犀の香りを覚えたのは本当に最近のことで、ハチクロの山田のようにこの花の香りが呼び起こしてくれる記憶はぼくのなかにはまだほとんど存在していない。

あとどれくらいの時間をこちらで過ごして、あと何度金木犀の香りに気づく秋を越えるのかはまだわからないけれど、この花のように甘く、優しい記憶を蓄えることができればとてもしあわせだと、ぼくは思う。

みなさんにとって思い出の香りは、どんな記憶を呼び起こしてくれますか?

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