他人にとっては些細な、しかし僕にとっては偉大な
朝、体が動く。
前もって示し合わせたようにはっきりと目が醒め、布団から抜け出る。
昨日は鉛のようだった手足が羽のように軽い。
午前3時まで飲み明かした宿酔を水で流す。
コップに並々と1杯。
さらにもう1杯、常備薬を流し込む。
スウェットとトレーナーを着込み、家の外に出る。
この団地は広い。
高度成長時代の名残、L字型の躯体は50年を超え、同じく年季の入った管理人がそこかしこを手入れしている。
竹箒の音。
この団地と年月を共にしたであろう、住人たちの世間話。
からりとした青空と師走の風が意識の輪郭をよりくっきりとさせる。
去年の9月、敷地中央の噴水横にある灰皿が撤去された。
以来、団地裏の駐車場にある物置が僕の喫煙所だ。
物置の後ろに回り込み、アメスピに火を付ける。
住人の歩く音、管理人の会話が近くに聞こえる。
咎められたことはないものの、ばつが悪く、公安にマークされた活動家よろしく、これ見よがしに携帯灰皿を手に持つ。
敷地の柵をまたいで、スーツ姿の会社員が足早に通り過ぎる。
隣には落ち葉を踏む鳩。
家に戻り、シャワーを浴びる。
あまねく人のルーティンですら、僕には難しい時がある。
自分の意志で、自分の体で、服を脱ぎ、浴室のドアを開け、カランをひねる。
これだけの動作が途方も無いことに感じる日々。
放水がお湯に変わり、体にかけた瞬間、僕は心のなかでガッツポーズをする。
妻が起き、浴室を横切る影。
引き戸を開け、「おはよう」と声をかける。
妻は、「今日は早起きだね」と返答。
体を拭き、歯を磨く間、妻から仕事の話を聞く。
どこの会社にもありがちな、伝言ゲームと確認の話。
右手がふと彼女の髪に触れる。
昼食の約束をして、僕は行きつけの喫茶店に行く。
僕はどこでも喫茶店を必ず見つけるようにしている。
チェーンでもいい、安いアイスコーヒーに喫煙所さえあれば十分だ。
Wi-Fiがあれば言うことなし。
パソコンを開き、広告混じりのYoutubeを聴きながら、文章を打ち始める。
空が高い。
日差しが柔らかく、しかし風は厳しく。
久々に、期待できる一日が始まりそうだ。
ああもう読んでくれただけで嬉しいです。 最後まで見てくださってありがとうございました!