そういう店
本屋が好きだ。
そこまで本を読むほうではないけれど、背表紙がたくさん並んでいたり新刊が平積みされているあの空間が好きだ。
今日は友人と会うための電車に乗る前、駅の近くにある小さめの本屋に入った。はじめて来る場所だった。
乗る予定の電車までは8分程あったので、とくに何を買うとかでもなくとりあえず本屋に入ろうと思ったのだ。
小説。エッセイ。雑誌。参考書。非常に読書欲をそそられる配置だ。素晴らしい。ここはそういうお店なのだ。
ひととおり眺め終わったところで、謎の高音がどこからか聞こえてきた。
「ア、ア、ア、ア、」
どうやらこの棚の向こうに、口から高音を放っているおじさんがいるらしい。
「ア、ア、ア、ア、」
まあ本屋で高音を出してはいけない法律もないので、放っておくことにした。
「ア、ア、ア、ア、キイイイイイイイッ」
おじさんは高音を出しながら自分の座っているイスを地面にこすりながら移動しはじめた。イス…というか、おそらく本来は高いところの本を取るために登るあれであろう。
「ア、ア、ア、キイイイイイイイイイイイイイ」
さすがに腹が立ってきた。
「キイイイイイイイ、ア、キイイイイイイイ、ア、ア、」
いい加減にしろ。とそこに新たなおじさんが現れた。
雑誌を立ち読みしながらなにやらブツブツ言っている。
「あーなるほどねえ、ぼくはこういうのが好きなんですよ。うん」
そうですか。好きなのはいいんですけど、口に出さないでもらっていいですかね。すでにそのタイプはひとりいますので。
「この本は…これはだめだなあ」
「キイイイイイイイ、ア、ア、ア、」
「まったく…いかんなあ」
「ア、ア、キイイイイイイイイイイイイイ」
混沌。
ここまで混沌という言葉がぴったり当てはまる事象は初めて見た。普通こういうのは1店舗に1人くらいのもんじゃないのか。
すると高音おじさんのほうが店員に話しかけに奥の方に移動した。やった。いなくなったぞ。…奥から少し声がする。
「あの…グルメ情報の本あるう?」
何探してんだよおっさん。
しかし、移動してもうるさいもんはうるさい。まったく困ったものだ。
「あいつうぜえ、だりぃ、ガキだと思われるぞ」
いやほんとそうですよね。…え?
声の主は独り言おじさんだった。いやお前も大概だぞ?と思ったけどなんか怖いので黙っておいた。
と、これだけ面白い状況に巻き込まれてしまうとなかなか店を出れないものだ。とっくに電車の発車時刻は過ぎてしまった。
「こここーこ!!!!」
もういいって独り言おじさん。
…って、え?
「ここーこ!ふっふっふっふっ…」
3人目だ。
もうここはそういう店としか思えない。
そういう人が集まってくる店なのだ。
店内に客は6人ほど。うち3人は意味不明な声を上げるおじさん、2人はサラリーマン、そして私。
集団心理とはすごいもので、声を出していない私のほうがおかしいのではないかと思いはじめた。
あと数秒もすれば私も奇声を上げてしまいそうだったので、急いで店を出た。
こういう事が起こるもんだから、本屋めぐりはやめられない。
…いや本屋関係ねえだろ。
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