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第6話 テストの抗議

最後の紙束が渡された。私は、両腕にずしっと乗ったその束の重みを感じながら、「ありがとう。これでちゃんと、全員分の日本史の答案用紙が揃った。このテストはおかしい。改めて2年生全員の意見は一つやってことが確認できたわ。今から私が2年生の学年代表として岡田先生にちゃんと抗議してくる」社会科準備室の前で、集まった2年生全員の目を見た。
私は、最前にいる高木くんに声をかけた。「高木くん。今は泣くとこちゃうで。一致団結するとこや。むしろ怒れ」
改めてみんなの方を向いて「じゃあ、行ってくる。みんなはここで待っとって。何かあったら副代表、お願いな」そう言うと私はみんなに背を向けた。「高木くん。今は”Can you cerebrate?”歌うとこちゃうで。戦いに行くとこや。軍歌、もしくは六甲おろし歌え」

私はひとつ息を吸って、社会科準備室の扉をノックし、そして中に入った。「失礼します。2年1組の林です」
キィイと音を立てて、年季の入ったキャスター椅子がくるりとこちらを向いた。
「岡田先生」私は、近くの机に集めた答案用紙の束を置いた。「先日の期末テストの答案です。学年全員分揃っています。2年生3クラス120名。平均点4.6点。…これはどういうことでしょうか?」
「どういうこと、って言われても、僕はちゃんとテスト範囲を伝えたやろ?」「ええ。確かに先生がおっしゃったテスト範囲は、教科書全て、でした」「な?ちゃんといつも授業で使っている教科書の中から問題を作ってテストで出した。点数を取れへんかったのは君らの勉強不足や」「私たちもちゃんと勉強して臨んでいます」「そうか?」
私は、一緒に持って来た問題用紙を読み上げた。『問1 教科書の出版社を答えよ』『問2 教科書の全ページ数を答えよ』『問3 この教科書はいくつの部といくつの章から成っているか、正しい組み合わせのものをア~エから1つ選べ』
ここまで読み上げて、私は岡田先生の方に向き直った。「…え、マジでどういうことなんですか?」「どういうことって…」「いや、テスト範囲は分かってます。教科書全て。でも、これは違うでしょ。誰もこんなとこ勉強しないし、まず読まない。出題する意味がないですもん。こんな問題が続いて『問25 1996年に…』これで一瞬みんな「おっ!」って思ったんです。近代史の問題だ!って。で、読んでみたら『1996年に発行されたのは第何版か』って」
私はため息をついた。「受験を控えた高校2年生の今、一番大事な時にこんな、どうでもいい問題で悪い点とって、内申に傷をつけてる場合じゃないんです」「どうでもいいことないやろ」「どうでもいいですよ、こんなの!こんなの、日本史じゃない。どっちかと言えば現代文?もしくは教科書検定ですよ!…それも多分違うか。いやでも、『問30 教科書に出てくる写真の出典が多い順に並び変えろ』『問68 ‘藤’の字は何回出てくるか』『問92 先生の推し利氏(オシカガシ)は誰か』全っ部入試に関係ない!」
グッと握った拳に力がこもる。私は一息ついて気持ちを落ち着かせた。「とにかく、先生。もう一度、ちゃんとした内容で再試験してください。私たち、このままじゃ納得できません」「それは、君ら全員なんか?」「はい。これは2年生全員の総意であり、2年生全員による抗議です」「そうか…」
岡田先生は、ゆっくりと答案用紙の束に手を伸ばした。パラパラと一人一人の答案を見る。そしてその中から一枚引き抜いて渡した。私はそれを受け取ると、社会科準備室の扉を開けて外に出た。抗議の行方を見守る真剣なまなざし。
「高木くん。今は満点取るとこちゃうで。何で花丸もろてんや。授業のサボり方が独特すぎるわ」

<END>
2019年7月17日 UP TO YOU! より


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