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第20話 就職の面接

また春が来た。春。それは新卒採用が始まる季節。人事一筋30年。人事部長として、これまで様々な学生を見てきた。我が社にふさわしいかどうかを見極める仕事だ。最近は、就活マニュアル本の実写化みたいな学生が多い。むしろそれしかいないと言っても過言ではない。同じようなスーツ、同じような話し方、同じような志望動機は大して読んだこともないだろう我が社の経営理念…。ちょっといいなと思って採用しても半年と続かず辞める者も何人も見てきた。本音で受けに来い、とは言わないが、果たしてこのままの採用方法で本当に欲しい人材が来るのかどうか…。
コンコン、ガチャ
「失礼します」
また次の学生が入ってきた。まだ新しいリクルートスーツはスカートタイプ。パンプスの傷みも目立っていないから、まだそんなに何社も受けたわけではなさそうだ。撫でつけた前髪と後ろで一つに結んだ黒い髪、就活向けの薄い化粧。
「どうぞ」と、椅子をすすめるとその女子学生は就活マニュアル本の1ページ目に書いてある自己紹介をするのだ。
「ポンコツ経済大学経営学部4年生の佐山智美です。失礼します」
そして浅く腰掛ける。嗚呼マニュアル通りだ。

ところが、この女子学生―佐山智美は、違った。
「はい!」と元気な返事をした佐山は、椅子に浅く腰掛けるなり、両腕を頭の上へ上げるとクロールの構えのように組んでねじ曲げ、両足もぎっちりと組み、身体中のねじれるところ全てをこれでもかというほどまでねじった何とも形容しがたい姿勢をとったのだ。例えるならそう、トイレを我慢しているデューク更家(座位)といったところだろうか。

「え…えっと、佐山さんでしたっけ…。そ、その体勢はどういうつもり、ですか?」
隣に座った若い人事担当が絶句していたので、代わりに尋ねた。尋ねざるを得なかった。
「はい!私は、生まれつきのひねくれ者なので、内面がねじ曲がってるなら外面、つまり体をねじ曲げたらプラマイゼロでえぇ感じのトントンになって、ちゃんとした受け答えができるんじゃないかと考え、このような形で御社の採用面接に参った所存であります。お見苦しい点があるかと思いますが、どうぞ何卒よろしくお願いします!」
佐山智美はその姿勢を維持したままハキハキと答えて、マニュアル本に書いてある30°の礼をした。
「…」
深いため息。と、
「…なるほど。確かに」
という隣の若手社員の口から漏れた感嘆の声。今までに味わったことのない空気で第8会議室が満たされた。「なるほど」じゃねぇよ。「確かに」って…いや、そうだけど、声に出して言うなよ。

コホン、と、一つ咳払いをして空気を整えた。
「あー。では、面接を始めさせていただきます。まずあなたの、弊社の志望動機を教えてください」
「はい!御社を志望した動機は、「人を育て、世界を育てる」という御社の経営理念に深く共感したためです」
律儀にわざわざ立って答える佐山智美。立ちながらもなお、身体をねじ曲げることを止めない。立った方がねじりやすいのか、座っている時よりもねじりが増し、顔は正面を向けていない。
「…では、佐山さん。ひねくれた状態のあなたの、志望動機を教えてください」
こうなったら本音を聞いておいた方がいい。万が一ということもないとは言い切れない。佐山智美は少し驚いた顔をして座り方を正した。マニュアル本に書いてある、正しい姿勢だ。
「はいはい。けーえーりねん、けーえーりねん。れか、そんなん考えながら仕事してる奴なんていないでしょ?いてたら会わせて?そいつと夜通しカラオケしたい」
見た目だけでは一般的な就職面接と何ら変わらない答え方だ。だが、話し方には気だるさが感じられ、そんなはずはないのに髪や服がぼさっとした感じに見える。ひとしきり答えると、佐山智美はまた律儀に身体をねじった。
「…」
「…わかる」
いや、「わかる」じゃねぇよ。…わかるけど。

「では、大学生活で力を入れていたことを教えてください」
「はい!大学では吹奏楽部の活動に打ち込みました。練習はしんどくて大変ですが、仲間と一体になって音楽を奏でるということから協力することの大切さを学びました」
なるほど。佐山智美の履歴書には、確かに吹奏楽部に在籍している旨が書いてある。「ちゃんとした受け答え」用に嘘をついているわけではないようだ。
「ちなみに楽器は何を担当されていたんですか?」
隣の若手社員が尋ねた。
「はい!ぐりんぐりんにねじ曲がったチューバを担当していました」
「…予想通りだ」
頼むからいちいち声に出して感想を述べるのを止めてくれ。
「…では、佐山さんの本音を教えてください」
佐山智美はぎゅるんっと音が聞こえそうな勢いで姿勢を正して答えた。
「幽霊部員ですが何か?陰キャでも陽キャでもない中途半端な奴らばっかでさぁ。バイトはコンビニの夜勤。サボり?いや、金稼ぐために時給高い夜勤選んでんのにサボるとかないわ」
「…わかりました」
そしてまたぎゅるんっと身体をねじった。そろそろどこかしらの筋肉か何かが悲鳴を上げそうで、そこが心配でならない。
「では最後に、もし佐山さんが弊社に入社したら、どんなことをしたいと考えていますか?」
「はい!」
このはち切れんばかりの就活用スマイルも本心ではないんだなと考えてしまうと空しい。
「将来は、御社が手掛けている砂漠の緑化活動を世界中に広めたいです。それと、」
佐山智美は急に押し黙り、ぎゅるんっと身体のねじりを解いて言葉を続けた。
「玉の輿ィィ!!楽して稼いで遊びたいィィ!!!」
今日一番の奇声が第8会議室中に響き渡った。隣を見ると、若手社員が壊れたように大きく頷き続けている。…男にも玉の輿願望ってあるんだな。

「それではこれで、佐山さんの採用面接を終わります。結果に関しましては、」
ドンドン
就活生のノックにしては力強く、そしてタイミングが悪すぎる。こちらの返事も聞かずに部屋に入ってきたのは社長をはじめ専務、常務、営業部長、管理部長らの重役達だった。彼らは佐山智美を一瞥するとこちらに一瞬目配せしてこう言った。
「佐山智美さんですね」
「はい!」
全身をさらにきつくねじり上げて、佐山智美は答えた。
「採用だ。君のその姿勢…あぁ、両方の意味でだが…それが気に入った。ぜひとも弊社の営業で大いに働いてほしい」
「…ぇ?」
さすがの佐山智美も目を丸くして固まってしまった。ゆっくりとねじり上げている身体の節々にかかる力が緩んでいく。
「採用、ですか?」
「そう。内々定ではない。取り消し無しの内定だ」
「…さすが売り手市場。御社、バグってますね」
「嫌ですか?」
佐山智美は120点の美しい姿勢で、右手の親指を上げて言った。
「就活、チョロすぎ」

<END>
2019年12月20日 UP TO YOU! より


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