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「香取さとりと神の如し」(前編)

「ああ、やっぱり天地がひっくり返ったって、この子にはかなわないな」

舞台に立つ香取さとりをぼんやり眺めながら、心の中でそう呟く。

客席から舞台まではほんの数メートル。

だが、その距離は果てしなく遠く思えた。

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香取さとり28歳。

東京都内と地元・福島県の各地でライブ活動を展開するミュージシャンであり、3ピースバンド「香取さとりと神の如し」のウクレレボーカル 兼 作詞作曲担当だ。

アロハシャツを身にまとい、エレキウクレレの音色に尖った言葉をのせて届ける、独自のスタイルで活動している。

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2020年1月19日(日)。そんな彼女が率いる「香取さとりと神の如し」のワンマンライブ『東洋的成人式』が、下北沢Lagunaにて開催された。

事前情報によると、製作総指揮は“スティーブン・サトリバーグ”。

“香取さとりが28年の人生をかけてお届けするスーパーエンターテイメントショウ”であり、“香取さとりが市川海老蔵超え(1人13役)を狙ってイベント中に14役を演じる” という一風変わったイベントだ。

普通なら「スベるんじゃないのか」と思ってしまう奇想天外な企画。

だが、2年間苦楽をともにした元同僚であり、一ファンである私は、彼女がいかに多くの顔を使い分ける人間か知っているつもりだ。エンターテイナーとしての面白さを疑問視することはなかった。

それでも、「この企画はさすがに無理があるだろう。期待値上げすぎじゃないか?」と思わずにはいられない。

当日の香取さとりは、そんな私の心配をやすやすと飛び越えてみせた。

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「若くはないから 時間もないよ さぁ走れ走れ 少女のように」

ライブは代表曲『時をかけるレオナ』の香取さとりソロバージョンで幕を開けた。

軽快なメロディーと、強く優しく背中をひっぱたいてくれるような歌詞。

エレキウクレレの音色と香取さとりの放つ言葉が、観客の心をまっすぐに射抜く。


続いて披露したのは、『切なる恋の心の尊きこと』。

静かな曲調だが、抑え込んでも抑えきれない激情がにじみ出るラブソングだ。


香取さとりは、言葉をとても大切にしているシンガーソングライターだと思う。

しかし、そんな彼女が

「言葉で伝えられることなんてもう何もないから」
「言葉で伝えられることなんてたかが知れてる」

と歌う姿に、胸をぎゅっと締め付けられた。


3曲目の『エンドロール』にも、「言いたいことなどほんとは何もなくて」という歌詞が登場する。

言葉で伝えることを生業とする彼女が、言葉のもつ力を否定する矛盾。

けれど、私にも本当はわかっている。

ものすごく大切な場面では、言葉なんて意味をなさない。


早熟な彼女は、私よりもはるか昔にそのことに気付いていたのだろう。

それでもなお、思いを歌詞にして届けることを続けている。

誰よりも言葉の可能性を信じて。

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会場の空気があたたまり始めたところで、エキゾチックなメロディーで力強い意志を歌った『進撃』を披露。

観客は声をあげたり立ち上がったりすることはなかったが(ありがたいことに、今回のライブでは椅子が並べられており、ゆっくり座って観ることができた)、皆食い入るように舞台を見つめており、ボルテージの高まりが感じられた。

続いては別れた恋人への感謝を歌った『ラドクリフ』。

歌詞も曲調も間違いなく悲しいのに、散々泣いて顔を洗ったあとのような、小ざっぱりとした明るさが感じられる曲だ。

K-POPアイドルになりきれていないカバー(茶番)と、ラジオDJ S☆T☆RによるMC&質問コーナー、ジャニーズオタクの滝沢梨香による木村拓哉の名曲「ずっとずっと」のカバーを立て続けに披露し、観客の表情もリラックスしたものに変わっていく。

ソロステージは、私がもっとも好きな曲『人生は祭りだ』で締め括られた。

「抱き合って眠るには 腕が一本邪魔だと思わないか もっと愛し合えるなら 大事なものさえ切り捨てたくなる」

「それでいいさ 一度きりの人生 楽しいだけじゃ味気ないよ」

「その痛みも その苦しみも わかち合いながら生きてけばいいの」

香取さとりは、聴き手との心の距離を詰めるのがとても上手い。

思わず自分と重ねてしまう例えを使ったり、生活を感じさせるような身近なもの(小物や、ごはんや、駅名)を歌詞に登場させたり。

描かれるストーリー自体はきわめて私的なものが多いのに、それらのキーワードを効果的に散りばめることで、曲を聞き手にとっての「自分ごと」にしてしまうのだ。

まったく、つくづく彼女の才能には嫉妬してしまう。

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個人的な話になるが、前述した通り香取さとりは元同僚だ。

某企業のバイトライターの同期として、2年間同じオフィスで働いていた。

負けず嫌いの私は、何かにつけて優秀な彼女をひそかにライバル視していた。

「私の方が絶対に文章が上手い(と思いたい)」
「上司や顧客からの評価でも常に上回っていたい」

私の思いを知ってか知らずか、彼女はいつも淡々と仕事をこなし、着実に成果を上げていた。

勝手に闘志を燃やす私の存在なんて、視界にも入っていないように。

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彼女は仕事が正確なだけではなく、型にとらわれない自由な発想を持っていた。

だが、発想豊かなはずの彼女なのに、仕事中は私語もほとんどせず表情すら変えない。

飲み会ではふいに奇想天外な話をして皆を楽しませてくれるが、どこか距離を置いているような、割り切っているような雰囲気があった。

「いつも平然とした顔で、誰にも心を許さなくて、なんかいけ好かない」

率直に言えば、そんな気持ちを抱いていた(入社から1年半が過ぎ、ようやく打ち解けるまではずっと)。

それでも実力については認めざるを得ず、嫉妬と尊敬の狭間でモヤモヤした。

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あるとき彼女は、私を含む同僚数名を自身のライブに誘ってくれた。

学生時代、友人がやる下手なアマチュアバンドのライブを見飽きていた私は、さしたる興味もなく付き合いのつもりで足を運んだ。


ステージに立つ“香取さとり”は、普段の彼女とはまったく別人だった。

派手なアロハシャツに、まっすぐで力強い歌声。

聞き慣れないエレキウクレレの音と、心の痛いところを刺してくる歌詞。

生き生きとした表情で軽妙なMCを繰り出し、観客の笑いを誘う姿。


やっと腑に落ちた。

私が見ていた彼女は仮の姿だったのだ。


彼女は自分の言葉を、伝えたい思いをしっかり持ち、美しいメロディーにのせて届けていた。

仕事では、そこで培った表現力の一部を活用しているだけ。

音楽という心から情熱を傾けられる存在があり、その活動を続けるために仕事をしているだけ。

「仕事用」の薄っぺらい言葉しかもたない私とは根本から違っている――。


才能の違いを理解し、湧いてきたのは悔しさよりも穏やかな諦念だった。

素直に彼女の音楽を「良い」と思えたし、もっと多くの人に知ってほしいと思えた。


以降は、表現力や発想力といった才能ではかなわないことを承知のうえで、それでも彼女に追いつきたくて、認められたくてライターの仕事を続けてきた。

「ライバル視してほしい」という一方的な(歪んだ)思いが叶うことはなかったが、すったもんだの末、私の退職前に急激に心の距離が縮まり、今はよきビジネスパートナーとして協力体制を敷いている。


私は今日も彼女の曲を応援歌にしながら、自分なりに精一杯文章を書いて暮らしている。

聴くたびにその才能に圧倒され、「やっぱりかなわないな」と思いながら。

でも、静かに満ち足りた気持ちで。


【後編へ続く】


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香取さとりワンマンライブ『東洋的成人式』 セットリスト

【香取さとりソロ】
1.時をかけるレオナ
2.切なる恋の心の尊きこと
3.エンドロール
4.進撃
5.ラドクリフ
6.Lonely(2NE1カバー)
7.ずっとずっと(木村拓哉カバー)
8.人生は祭りだ

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