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【創作大賞2024 ファンタジー小説部門】 奏太とコインの物語 第4話『占い師』


第4話 占い師

 
 アオイの姿が見えなくなって、安堵のため息をついていたところだった。膝からはまだ血が滲んでいて痛みも増していたが、早く未来へ戻りたいと歩いていたところに、今度は女性占い師が話しかけてきたのだった。

「なぜ僕の名前を?」
奏太は警戒しながらも、その占い師に声をかけた。
「奏太くんだね。私は占い師。過去も未来も見通す事ができるんだよ」そう言うと、占い師は優しく微笑んだ。
「君は不思議な運命を背負っているようだね」
奏太は「どう言う意味ですか?」と、その占い師の言葉に興味をそそられた。

占い師の前に座ると、奏太は話し続けた。
「お母さんを助けたい!お母さんの意識を取り戻したい!お母さんともう一度話ができますか!」
奏太は、手の中にあるコインについて話し出した。このコインを未来に持ち帰って、何でも願い事が叶うというこのコインの力を使って母を助けたいという思いを。

「奏太くん、いいかい。コインの力だけでは願い事は叶わないんだよ」
「どういうことですか?」
「そのコインは、ただの願いを叶える道具ではない。それは、大きな犠牲を伴う試練でもあるんだよ」
「犠牲?」
「そう、コインに願いを叶えてもらうためには、大きな代償を払わなければならない。時には命さえも…」
「そ、そんな…」
占い師は不気味な笑みを浮かべながら、言葉を続けた。

「恐れることはない。大丈夫、奏太くんはここまで多くの試練を乗り越えてきた」
「どうすれば、お母さんを助ける事ができるんですか?」
「ある場所へ行く必要がある」と言って立ち上がり、奏太の手を引いて歩き出した。
「一つだけ忠告がある。今から行く場所を決して口外してはいけないよ。誰かに話せば願い事を叶える事ができなくなってしまう。たとえ叶った後でも、口外した途端に願い事は消えてなくなってしまうからね」

 奏太は緊張しながら「わかりました。誰にも言いません」と言って占い師についていった。2人は夜の街を抜けるとさらに森の中へ入っていった。
 夜の森の中は不気味だった。占い師は奥の洞窟を指差して「さあ、中に入ろう」と言った。奏太は真っ暗な洞窟の前で、しばらく途方に暮れていた。

「ここで何をすればいいんですか?」
「入ればわかる」
占い師はそう言うと、先に入っていった。恐る恐る奏太も中に入ってみるが、真っ暗で何も見えない。すると遠くからかすかな光が近づいてくるのが見えた。
「あれは何?」
よく見るとそこは奏太が通っていた小学校だった。
「ここは…」

 奏太は懐かしさと同時に不安を感じた。
「ここは、奏太くんの過去の記憶だよ」
奏太はゆっくりと光の方へ近づき、校舎の中へ入っていった。

 廊下の奥の方から、子供たちの楽しそうな声が聞こえてくる。声の方を見ると、小学生の奏太が友達と遊んでいた。
「あれは、過去の自分か…」
奏太は、信じられない思いで過去の自分を見つめた。楽しそうに遊んでいると思っていた過去の自分からは、笑顔が見えなかった。周りの友達はあんなにも楽しそうに笑っているのに。小学生の奏太は、その場から逃げ出すように去って行った。

 奏太は急に悲しくなった。過去の自分の姿は見たくなかったのだ。
「僕はいつも、友達の会話についていけなかったんだ」
占い師は何も言わずに僕の話を聞いてくれた。

「僕は小さな頃からピアノばかりの生活だった。学校ではゲームの話やアニメの話ばかりで、時々YouTubeの話をする友達もいて、全く話についていけなかった。学校ではピアノの話をする友達もいなかったし、『男のくせにピアノなんか習っていて女みたい』って言う友達もいて辛かった。僕はね、それでもピアニストになる夢があったから頑張ってきたんだ。僕がピアノを弾くとお母さんだけは嬉しそうに僕の演奏を聴いてくれたんだよ。自分の為でもあったけど、お母さんの笑顔が見たくてピアノを弾いていたこともあった」

 奏太はその場にしゃがみ込んでしまった。
「なぜこんな所に連れてきたんだよ!過去の自分なんて見たくなかったのに!」
すると占い師はこう言った。
「奏太くんの夢は今でもピアニストになることなのかな」
「わからない。高校生になっても、友達と遊びに行ったりゲームもできない。男がピアノ弾いていると女子からも相手にされないんだよね。こんな生活に意味あるのかなって。普通にみんなと楽しみたいんだ」

 すると風景がガラッと変わり、荒廃した世界が広がっていた。そこには、絶望にひしがれた一人の青年が座っていた。
「あれは…誰?」
奏太は恐る恐る占い師に聞いてみた。

「奏太くんの未来だよ。コインの力を誤って使った場合の奏太くんの未来の姿。多くの人を不幸にし、自分自身も破壊してしまう」
「そ、そんな…」
奏太は絶望の淵に突き落とされるような気持ちになった。
「でも、まだ希望はある。奏太くんが正しい選択をし、コインの力を正しく使えば未来は変わる。お母さんの意識を取り戻すことも、世界をより良い場所にすることもできる」

占い師の言葉に、奏太はわずかな光を見出した。
「どうすればいいんですか?」
「まずは、過去を受け入れること。過去の自分の姿から目を背けずに逃げないこと。そして、未来を変えるために勇気を持って行動すること」
占い師は、優しく奏太の肩を抱いた。
奏太は、占い師の言葉に深く頷いた。
「わかった。僕は過去を受け入れ、未来を変えるために戦う!自分自身と!」

 奏太は決意を新たにした。過去と未来のビジョンは、夢のためには大きな代償を払わなければならないという意味を理解させてくれた。占い師は、奏太にコインの力を正しく使う責任を与えたのだった。

 気づくと、女性占い師と出会った歩道に立っていた。『占い』と書かれた看板も占い師もそこにはいなかった。コインが導き出してくれたさまざまな出来事に、奏太はさらに強くコインの力を感じていた。

 今日はもう遅い。ゆっくり休んんで明日未来へ戻ろう。奏太は今晩寝る場所を探すため、しばらく歩き回った。静かな公園を見つけると、拾った布にコインを入れて身体に巻きつけ、ベンチで少し眠った。

***

 鳥の鳴き声で目が覚めた。ぐっすり眠ってしまったらしい。コインは無事だった。「よし!未来へ戻る方法を探そう」奏太は街を歩きながら手がかりを探した。図書館、古本屋などあらゆる場所を訪れたが、有効な情報は得られなかった。そんな中、僕に似た人を探している人がいることがわかった。

 特徴を聞いてみると、どうやらアオイに間違いない。「アオイが僕のことを探している?」コインを奪おうと企んでいることは確かだった。あの時うまく逃げ切れたと思ったが、アオイは諦めていなかったようだ。この街で未来へ戻る方法を見つけるのは危険だ。

 焦る気持ちで街を歩いていると、目の前にいた杖をついた老人が、道の段差につまずいて転んでしまった。「きっと誰かが助けるだろう」急いでいる奏太は、そのまま老人を追い越して歩いて行った。ふと気になって後ろを振り向いてみると、老人はまだ転んだままだった。
「みんな冷たいな」
奏太はそれより早く未来へ戻ることに必死だった。

するとその老人に近づいていく若い女性がいた。
「アオイだ!!」
アオイは、その老人を抱き起こすと、一緒にどこかへ歩いて行った。早くこの場所から離れなければ。奏太はアオイとは反対方向へ向かった。
「今日中に20年後に戻らないと」
焦れば焦るほど、手がかりとなるものは何も見つけることができなかった。時間だけが過ぎていく。コインは手に入れたというのに。

 とにかく、この街から離れよう。
すると、どこからか懐かしい歌が聴こえてきた。音のする方へ近づいてみると、そこには人気アーティストが路上ライブを行なっていた。
「えっ?この3人って…」
20年後、いや、この時代から少し経つと、このアーティストは誰もが知っているアーティストになる。その後2人になってしまうけど…
立ち止まって聴いている人はほんのわずかだった。あり得ない。僕は近くまで行って彼女の歌を聴くことにした。
「綺麗な声だ」

 僕は主にクラシックを習っているけど、本当はこういうJ-POPなどの曲が弾きたかった。でもピアノの先生はこういう音楽を弾くことに反対だったので、なかなか弾く機会はなかった。時々気分転換に、耳コピでこっそりサビの部分だけ演奏したこともあったけど、好きな曲、弾きたい曲を弾いている時は、ピアノを習っていて良かったといつも思っていた。

 「バンド、いいな」

 すると近くにいた男性が
「この歌いいよね」そう言って僕に話しかけてきた。お父さんより年上の、白髪混じりの男性だった。どこかで見たことがあるような気がした。いや、気のせいに違いない。この時代に知っている人はいないはずだから。

「いいですよね。この歌」
奏太は、しばらく路上ライブを楽しむことにした。
「何か困ったことがあるのかな?」
何も持たず、汚れたままの服を着ている僕を見て言ってくれているのだろう。
「いえ、大丈夫です」
しばらく僕を見ていたが「そうか、気をつけて」と男性は言うと、その場を離れていった。

「すみません!大丈夫じゃないです」
奏太は思わずその男性を追いかけてしまった。
「僕は未来から来ています。今日中に20年後に戻らなくてはいけません。実は、未来へ戻る方法を探しています」
奏太は正直に打ち明けた。出会った時からどこかで見たことがあると思っていた。
お母さんが意識不明になった日、泣きながら公園にいた僕に声をかけてきたおじいさんに似ていると気づいた。そして、僕をこの20年前の世界へ連れてきてくれた人だと確信したからだ。

男性は鋭い目つきで奏太を見つめた。
「よく気がついたな、奏太くん」
そう言うとその男性は
「無事にツインのコインを見つけたようだな。よく頑張った。20年前の俺は若いだろう」と笑いながら優しく奏太の肩を抱いた。

奏太は、やっと未来に帰れると安心してそのまま眠ってしまった。


第5話へ続く


#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門

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