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【創作大賞2024 ファンタジー小説部門】 奏太とコインの物語 第7話『手紙』


第7話 手紙

 
 現代に戻った奏太と母は、歴史が大きく変わったことをこの時はまだ気づかなかった。母は、過去の世界で体力を使い果たしたため、ベッドに転がり込むようにそのまま眠ってしまった。僕もコインを見つめながら、あれから源次郎さんはどうしたのか気になっていたが、気づくと夢の中にいたようだ。

「奏太くん」
また、謎のおじいさんが現れた。
「あっ…」
僕は、おじいさんに過去の世界へ行ったことを話そうか迷っていた。
「奏太くん、歴史を変えてしまったようだね」
「えっ、歴史が変わった?」
「そう、過去の世界で君とお母さんは先祖を裏切ったと言われていた人に会っただろう?」
「なぜそれを知っているの?僕は母を止めたかったんですけど…」
「君たち一族は、あれから繁栄を続けることができたんだよ」
「母の願いが叶ったということですか?」
「確かにあの時一族は助かったが…」
「助かった…が??どういう事ですか!」

 奏太はハッと目が覚めた。
謎のおじいさんは、今度は夢の中に出てきたのだった。
奏太はおじいさんの言葉の続きが気になって仕方なかった。どうすれば会えるんだろう。おじいさんに聞きたいことがたくさんあるというのに。

 朝になると、奏太はおじいさんに会ったことがある公園へ行った。ここに来れば会えるかもしれないと思ったからだ。しばらく待っていたが、その日は夜になってもおじいさんは現れなかった。仕方なく家に戻ってみたが、そういえばどこか変な感じがした。一日中公園にいたというのに、公園に来る人は誰もいない。家に帰る途中も誰にも会わなかった。町中がシーンと静まり返っているようだった。

 奏太は家に着くと、いつもならリビングでくつろいでいるはずの母の姿が見えなかった。
「お母さん?」
奏太は声をかけたが返事はない。寝室にもいなかった。キッチンには作りかけの料理がそのまま残されていた。まるで、母が突然姿を消してしまったかのようだった。
「どこに行ったんだ?」
不安が奏太の胸を締め付けた。
その時、ダイニングテーブルの上に一枚の封筒が置いてあるのに気づいた。

 『奏太へ』

それは母の字だった。
震える手で封筒を開けると、1枚の手紙が出てきた。

『奏太へ、
もし、あなたがこの手紙を読んでいるとしたら、私はもうこの世界にはいないでしょう。過去を変えたことで、私たちは大きな代償を支払うことになりました。私たちの先祖を裏切った源次郎さんの内通を防いだことで、一族は生き残り繁栄を続けました。そかしその繁栄は、別の形で歪みを生み出してしまったのです。

源次郎さんが愛していた女性は、人質となったまま敵に命を奪われてしまいました。彼女の家族の怒りは、彼女の命を落とした敵にではなく、源次郎さんに向けられてしまいました。つまり、私たち一族を滅ぼすことで仕返しをしたのです。

奏太が朝家を出た後、世の中がガラリと変わりました。過去の歴史を変えてしまったことで、私もこの世界にいなかったことになりそうです。あなたが今存在できるのはコインの力なのでしょう。奏太、どうか私の過ちを繰り返さないで。過去は変えられない。奏太の言う通り過去を変えてはいけなかった。

あなたは、強く、優しく、そして賢い子よ。
きっとこの困難を乗り越え、明るい未来を築いてくれると信じています。

母より』

 手紙を読み終えた奏太は、その場に崩れ落ちた。
母を失った悲しみと、母の願いを止められなかったことへの後悔が、奏太の心を引き裂いた。
「お母さん…」
奏太は、母の残した手紙を握りしめ、声を上げて泣いた。母の愛と後悔が、手紙の行間から溢れ出れいるようだった。
「お母さん、ごめん。僕のせいだ」
奏太は自責の念に駆られ、ギュッとコインを握りしめた。その瞬間だった。コインが光り輝き始め、意識が遠のいていくのを感じた。

 どのくらい時間が経ったのだろう。
次に目を開けた時、奏太は見慣れたはずの風景の中にいた。しかし、何かが違う。人々の服装や街並みもどこか懐かしい感じがした。
「ここは…」奏太は周囲を見渡した。
すると、目の前にあの謎のおじいさんが立っていた。その顔には、深い悲しみが刻まれていた。
「戻ってきたね、奏太くん」
おじさんは穏やかな口調で言ったが、その声にはどこか諦めのようなものが感じられた。
「おじいさん…ここは?」
奏太は混乱しながら訪ねた。
「ここは、君が過去を変えた後の世界だ。君たちの先祖は確かに生き残った。しかし、その代償はあまりにも大きかった」おじいさんはゆっくりと語り始めた。
「源次郎さんが愛した女性は、人質として囚われたまま命を落とした。彼女の家族は深い悲しみと怒りに包まれ、その矛先は、裏切り者として非難された源次郎さんに向けられた。そして復讐の連鎖が始まったんだ」

 お母さんの手紙に書いてあった内容と同じだった。母が救おうとした一族が、別の形で避難を生み出してしまったことに、深い衝撃を受けた。
「彼女の家族は、一族を滅ぼすことで復讐を果たした。しかしその復讐は、更なる悲劇を生むだけだった。国は内乱状態に陥り、多くの人々が命を落とした」
おじいさんの言葉は、重く奏太の心に突き刺さった。

「君にはまだチャンスがある。過去に戻り歴史を元に戻すんだ!」
「どうすれば…」
「コインは持っているかい?願いが叶うツインのコインを使えば歴史を元に戻すことができる」
奏太は持っているコインを見つめた。
「ただし、歴史を元に戻す力を使ったら、二度とコインの力は使えなくなる。よく考えて使うんだ。歴史を変えることの重みを、決して忘れないでくれ」
奏太はコインを強く握りしめると、深く頷いた。

「ありがとう、おじいさん。必ず歴史を元に戻してみせる」
奏太は決心を新たにした。過去に戻り、一族の悲劇を止め、そして母を救うために。奏太は再び意識を失った。

***

 奏太が目を覚ますと、そこは母と来たことがある場所だった。
「本当に戻ってこれたんだ…」
奏太は今度こそ歴史を元に戻すと決意し、胸の高鳴りを感じながら辺りを見回した。すると、目の前に源次郎が立っていた。
「よく来てくれた。私は君が来てくれるのを待っていたよ」
源次郎は、まるで奏太が来ることを知っていたかのように、落ち着いた様子で言った。彼の声は温かく、奏太の心を安心させた。
「なぜ、僕がここに来ることを知っているんですか?」
奏太は不思議に思いながら尋ねた。

「見たこともない老人がさっき私のところに来てこう言っていたんだ『若者があなたを尋ねて未来から来るはずだ。その若い男性はあなたがこれから起こる悲しみから救ってくれるはずだ』と」
きっと、あのおじいさんに違いない。奏太は、母と一緒に来る前の時代に来たことを確信した。
「僕は、あなたに謝らなければなりません。僕と母は過去を変えてしまったことで、多くの人を不幸にしてしまいました。あなたが敵に内通しようとしていたことを、前日にあなたのお父様に伝えてしまいました。愛する女性が人質となって捉えられていたとも知らずに…」
「そんな…」
「そして彼女は命を落としてしまい、彼女の家族の怒りの矛先が敵ではなくあなたに向けられました。そこから復讐の連鎖が始まり、現代もまだ歴史を変えてしまった代償に苦しんでいます。僕の母も現代の世界では消えてしまいました」

 奏太は声を詰まらせ、そのまま俯いてしまった。
「そうか…」
「あなたは愛する女性のために、一族を裏切るという苦渋の決断をしようとしていますよね。それを母が阻止しようとして未来からきて…」
「そうだ。私は彼女を助けるために敵に内通するつもりだ。それができなくなったのか?」
「ごめんなさい。僕は源次郎さんと彼女を助けます!必ず歴史を元に戻します!」

 もうこれでコインの力は使えない。それでもいい。母が戻ってきてくれさえすれば。奏太は、手の中のコインを強く握りしめ願いを込めた。



第8話へ続く


#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門


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