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【創作大賞2024 ファンタジー小説部門】 奏太とコインの物語 第8話『老人の正体』


第8話 老人の正体


 奏太が目を覚ますと、そこは病院のベッドの上だった。
夢と現実の区別がつかないまま混乱していた。僕は今まで体験してきたここ数日のことを思い出していた。母の意識不明から始まり、願いのコインを導いてくれた謎のおじいさん。過去の世界で出会った多くの人たち。全てが走馬灯のように蘇ってきた。

 歴史は元に戻ったのか?そういえば以前、コインを手にした時に出会った占い師が言っていたことを思い出した。

『君は不思議な運命を背負っているようだね』
『コインに願いを叶えてもらうためには、大きな代償を支払わなければならない。時には命さえも…』

あの時の占い師は、僕がこれから起こることが本当に見えていたんだ。そんなことを考えていると、病室に母が戻ってきた。
「お、お母さん…」
僕はお母さんが生きていることが嬉しかった。
歴史は元に戻ったのだろう。
「奏太、目が覚めてよかった。本当に心配したのよ」
「お母さん、僕、どれくらいここにいたの?」
「3日間よ。公園で倒れているところを発見されて救急車に運ばれてきたの。お医者さんからは、過労とストレスが原因で倒れたのではないか、と言われたわ。今はゆっくり休みなさいね」
「そうだったんだ…」
僕は、過去の世界での出来事を話そうか迷ったが、今は黙っていることにした。

 しばらくして父も来てくれた。
「奏太、具合はどうだい?お母さんが退院したかと思ったら、今度は奏太が入院してびっくりしたぞ。目が覚めて本当によかった」
久しぶりに父と母の顔を見て、3人がいる生活が当たり前ではないことを実感して涙が出てきた。
「あれ?奏太泣いているのか?」
父が笑いながら言った。
「泣いてなんかいないよーだ!」
奏太はそう言うと鼻水を啜りながら笑った。

「そういえば、コインはどこにあるの?僕が持っていた2つのコインは?」
僕がベッドの周りを探していると、父と母は不思議そうな顔をして
「コインって何の事?奏太が大切にしている物なの?」
2人は顔を見合わせて僕に聞いてきた。
「お母さんが大切に持っていたコインだよ。僕が手に入れたコインとツインになっているコインだよ。願い事を叶えられる願いのコインは今どこにあるの?」
「願いのコイン?お母さんはそんなコインは持っていないわよ」
と言って、僕が夢を見ていたのでは?と笑っていた。

 母が怪我をして入院していたことは事実のようだが、コインについては知らないらしい。どういうことだ?過去の世界での出来事は夢だったのか?僕は混乱していた。ごまかすためにお腹が空いていると伝えると、母はおにぎりを買ってきてくれた。

そうだ!ツインのコインを探しに行ったあの日も、アオイはおにぎりを買ってきてくれたんだった。

 何だかすごく昔の事のように感じていた。
あれは本当のことだったのか?
僕はすっかり元気になり、翌日には家に帰ることができた。

***

 あんなに必死になって手に入れたコインが、まるでなかった事のようになっている。帰ってから、家中を探しても見つけることができなかったのだ。母が持っていたコインが原因で怪我をしたというのに、それさえもなかったことになっているのか?僕はどうしてもあのおじいさんに会いたかった。毎日のように公園へ行っても、二度と会うことはなかった。

 あれは夢だったのかもしれない…

 奏太は次第にそう思うようになっていた。公園で倒れていた時から夢を見ていたんだ、きっと。そんなある日の夜、奏太は夢の中で久しぶりにおじいさんに会った。
「おじいさん…会いたかった…」
奏太はおじいさんに近づくと、笑顔で温かく迎えてくれた。
「奏太くん、久しぶりだね。元気そうで安心したよ」
おじいさんはそう言うと、奏太の肩を優しく抱いた。
「願いのコインがどこにもないんだ。お母さんに聞いてもコインのことは知らないって。どういうことなのか教えて!」

「コインを使って変えてしまった歴史を元に戻すには、とても大きなエネルギーが必要になる。そのために二度とコインの力は使えなくなると言ったはずだ。あの時、つまり歴史を戻した瞬間にあのコインは消滅してしまったのだよ。それは、お母さんの記憶の中からも消えたということだ」
「記憶からも消えた?」
「そうだ。それに奏太くんとお母さんが過去へ行って歴史を変えた後、奏太くんは私を探しに公園へ行っただろう?でも会えなかった。しかも公園でも帰り道でも誰にも会うことはなかった。覚えているかな。あの時、一気に歴史が変わったために世の中から人が消えてしまったのだよ」
「そうだったんだ…」
「裏切り者と言われた人にも、裏切るに至った背景や事情があったはず。復讐心からは何も生まれない。過去に戻ってその存在を無かったことにしたり、事前に防いだことで別の大切な誰かが亡くなってしまったり、さらに不幸になる場合もあるんだよ」

奏太は黙って聞いていた。

「時に人は許すという心も必要だ。未来に同じ過ちを繰り返さないために教訓として活かすことも必要だよ。願いのコインはあくまで道具であるけれど、使い方によって幸福にも不幸にも繋がる」

「おじいさんは一体誰なの?」

「私は、未来から来たコインの守護者だ。奏太くんのお母さんの怒りと復讐心をやめさせるために来たんだよ。奏太くんにはちょっと長く苦しい日が続いて申し訳なかった。でも、君ならきっとお母さんを助けることができると信じていた。願いのコインは、未来をより良くするために使うことが大切だと思うんだが、奏太くんはどう思う?」

 僕が小さく頷くと、おじいさんはスッと消えていった。

***

 奏太は、スッキリとした気分で朝を迎えた。
やっぱり過去への旅は夢ではなかったんだ。

 しばらく触っていなかったピアノを急に弾いてみたくなった。ピアニストになる夢を、コインの力を使ってなろうとしていた自分が恥ずかしくなってきた。一瞬にして超絶技巧を手に入れたとしても、表現力に欠け観客を感動させる演奏はできないだろう。今の気持ちを曲で表現してみたくなってきた。

 今僕がいる世界は、もしかしたら誰かのコインの力で歴史を変えられてしまった世界に生きているのかもしれない。誰かの復讐のために歴史を変えた人がいたとしても、僕は僕自身の努力で夢を手に入れるよ。

 誰かのためじゃない。自分自身のために…


エピローグ

 
 数年後、奏太は世界的に有名なピアニストとして活躍していた。彼の奏でる音楽は、多くの人々の心を癒し勇気を与えた。それは、彼が過去への旅で得た経験や感情を、音符に乗せて表現したものだった。

 ある日、奏太はコンサートを終え舞台裏で一息ついていると、見覚えのある後ろ姿が目に入った。それは、コインの守護者を名乗るおじいさんだった。
「おじいさん!」
奏太は思わず声をかけると
「立派になったね」
と、優しく微笑んでくれた。
「おじいさんのおかげです!」
奏太は心から感謝の気持ちを伝えると、
「奏太くんの努力の賜物だよ。それに、君の音楽は多くの人に希望を与えているね」と言ってくれた。

 奏太は、過去への旅で出会った人々、経験した出来事、そしてコインの力を借りずに自分の力で夢を叶えたことへの誇りが、胸の中に込み上げてきた。
「おじいさん、またいつか会えますか?」
奏太は別れ際に尋ねた。
「未来は、君自身が創り出すものだよ。もし、君が望むならきっとまた会えるだろう」
おじいさんはそう言うと、奏太の前から静かに姿を消した。

 奏太はその言葉をかみしめながら、未来への希望を胸にさらに歩き始めていた。




#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門

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