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【創作大賞2024 ファンタジー小説部門】 奏太とコインの物語 第6話『源次郎』


第6話 源次郎

 
 その夜、僕は眠れずにいた。
母の願いを叶えてあげたい、でも歴史を変えてはいけない。僕は葛藤の中で苦しんでいた。そういえば、母が襲われた理由を聞いていなかった。母は先祖から言い伝えられてきたコインの力を使って願いを叶えるために、自分の全てを犠牲にしてコインを守ってきたはずだ。ツインとなるコインをいつか僕が手にしてくるとわかっていたのではないか。

 しかし、母がすでに2つのコインを持っていると勘違いした誰かが、母からコインを奪おうとして襲われた可能性もある。
いったい誰が…
奏太は、ますますコインの謎について知りたくなった。母をなんとしても危険から守ってあげなければ、と強く決意した。また新たな試練が奏太に襲いかかってきた。母を襲った者たちは今はどこにいて狙いは何なのか。

 とりあえずコインを持ち歩くのはやめておこう。いつ誰に襲われるかわからない。2つのコインは、別々に袋に入れ奏太の机の鍵がかかる引き出しに入れておくことにした。

 ある日、学校の帰り道でのことだった。
「奏太くんじゃないか」
それは、20年前の世界へ連れて行ってくれたおじいさんだった。
「あっ!あの時の…」
奏太は驚きのあまり声を失った。
「お母さんは元気になったかい?」
「意識は取り戻すことはできました。ただ…」

 奏太はしばらく黙っていると、
「どうやら、悩んでいるようだね」
と、優しい笑顔で微笑み、遠い目をしながら語り始めた。
「実はね、私も昔コインの力で願いを叶えたことがあるんだ。でもね、願いを叶えたからといって必ずしも幸せになるとは限らないんだよ」
おじいさんの言葉は、まるで僕の心に直接語りかけてくるようだった。
奏太はおじいさんに近づいて「願いが叶っても幸せになれない事もあるんですね」と聞くと、おじいさんは小さく頷いた。

「コインの力は限られた人が使うことができる魔法と言ってもいい。ただ、魔法を使って願いを叶えた場合、いつかその代償を支払わなけらばならない時がくる」
「代償か…」
おじいさんはしばらく黙って奏太を見ていた。 
「おじいさんは母の願い事を知っていたのですか?だから意識を失っている母の意識を戻すために僕を20年前の世界へ連れて行った。違いますか?」
「それはどうかな」
「僕は、母が早く退院してくれたら嬉しいけれど、コインの力を使って歴史を変えてしまわないか心配なんだ。母の願いが叶ってもきっと誰かが不幸になる。もしかしたら僕も母もこの世にいなかったことになるかもしれないじゃないか!」
「お母さんとよく話し合ってみたほうが良さそうだな」
おじいさんはそう言って、その場から離れていこうとした。

「ちょっと待って!母を狙った人達っていったい誰なのか知っていますか?また襲われたら…と思うと…」 
「奏太くん、君は優しい心の持ち主だね」
おじいさんはそのまま奏太の前から消えていった。

 いったい何者なんだろう?

 空を見上げると、どんよりとした雲が空を覆っていた。
まるで僕の心の中を表しているようだった。

 家に帰ると、引き出しの中からコインを出し、机の上に置いたツインのコインを眺めていた。
「お母さん、僕はやっぱりお母さんの願いを叶えさせるわけにはいかない」

***

 母の怪我は少しづつ回復していった。
お見舞いに行くたびに元気な姿を見せてくれるようになり、来週には無事に退院できるらしい。あの日、僕がコインを手に入れられなかったら…と思うと、元気になって本当に良かった。

 仕事で忙しかった父も、母が入院してから在宅ワークを増やして2人で家事をなんとかこなしてきた。仕事をしながら、これだけの家事を笑顔でやっていた母はやはり凄いな、と改めて実感した。

 母が退院して家に帰ってきた日、喜んでいたのも束の間、ついに恐れていたことが起きたのだった。
「奏太、お母さんのコインを返して欲しいんだけど…」
母はそう言って僕の部屋に来た。
「わかった」
僕は鍵がかかった引き出しを開けて、母のコインが入っている袋を出そうとした時だった。
「やっと願いが叶えられる!」
そう言って母は僕の引き出しからにコインを奪って中身を確認した。
「もう一つのコインはどうしたの!奏太が20年前の世界で手にしたコインはどこにあるのよ!」
母は僕が知っているお母さんではなく、20年前に会ったアオイそのものだった。

「お母さん、お願いだから過去へ行って歴史を変えるようなことはしないで」
僕は、なんとしても母を阻止したかった。
「諦められるわけないでしょ!裏切った男のせいで一族は滅んでしまったのよ」
そう言うと僕の引き出しを漁ってもう一つのコインを探し出した。
「お母さん、やめて!!過去を変えれば、僕もお母さんも存在しなくなるかもしれないんだよ。それに、裏切った男の人にも何か事情があったのかもしれないじゃないか!」

 母は僕の言葉を聞くことなく、2つのコインを合わせて願いを叶えようとした時だった。コインは眩しく光り、一瞬のうちに僕は母と一緒に例の合戦前夜に降り立ってしまった。

「ここはどこ?」
僕は不安でいっぱいだった。
どうやら一族の長である男性の家に来たらしい。そっと影から覗いていると2人の男性がお酒を呑み交わしていた。一緒にお酒を飲んでいるのが、裏切ったと言われている長男の源次郎だと母は言った。

「源次郎、お前にはいつも感謝している。これからも一族を頼むぞ」
男性は、源次郎に全幅の信頼を寄せていた。
だが、母は源次郎の目が笑っていないことに気づいた。

 「その源次郎って人は、明日敵に内通するつもりです!」

突然母は、男性に向かって叫んだ。
僕は母の腕を掴んでその場から逃げようとしたが遅かった。
「誰だ、お前は!」
男性は驚き、源次郎は顔色を変えた。

「私は未来から来ました。あなた達は私たち親子の先祖なんです」
「何を言っている!誰かこの親子を捕まえろ!」
「本当です!源次郎さんの裏切りによって、一族は滅びてしまうのです!」
「バカなことを言うな!源次郎が裏切るなんてことがあるわけないだろう!」
母は必死に訴えた。
「お母さん、やめて!過去を変えてはいけないんだよ!」
奏太は母を止めようとした。
「奏太、なぜ邪魔をするの?一族を救えるのよ!」

 源次郎はその隙に逃げ出した。
母は奏太を振り切り源次郎を追いかけた。
退院したばかりだとは思えない母の姿に奏太は驚いた。過去の世界では関係ないというのか…奏太も急いで源次郎を追いかけた。
「なぜ、一族を裏切るのですか?」
母は源次郎に追いつくと問いただした。
「私は…私は愛する人を人質に取られているのです。一族を裏切ることは良くないことだと分かっています。でも…1日でも早く敵に内通しなければ彼女が殺されてしまうんだ」と苦しげな表情で答えた。

源次郎の言葉に母は衝撃を受けた。
「そんな…」
母はその場に座り込んでしまった。
「お母さん、源次郎さんにも事情があったんだ。過去を変えてはいけないよ!」
奏太は母の腕を掴み、必死に訴えた。
「奏太、ごめんね。源次郎さんの苦しみも分かったわ。でもね、でも私はやっぱり一族を救いたい。源次郎さんは私たち一族を裏切ったのは確かなのよ!私の願いを叶えさせて!」

 母は奏太の手を解きコインを手にした時、僕は咄嗟に母の手からコインを奪い取った。
「奏太!何をするの!」
「お母さん!源次郎さんは一族にとっては裏切り者だったかもしれない。でも今、裏切るに至った事情がわかったでしょ!裏切りを防いだことで、その後の歴史が大きく変わってしまうことはどうでもいいって言うの!」
「そんなことは言ってないわ!」
「一族が生き残ったことで別の戦乱が勃発したり、今よりもっと不幸を招く可能性だってあるんだよ!」
奏太はそう言うと、2人を元の世界へ戻してもらうよう願いを込めてコインを握りしめた。



第7話へ続く


#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門


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