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【創作大賞2024 ファンタジー小説部門】 奏太とコインの物語 第5話『アオイ』


第5話 アオイ


 奏太は目を覚ますと、辺りは真っ暗でシーンと静まりかえっていた。
「ここは?」
奏太が謎のおじいさんと出会った公園だった。
「戻ってこれたんだ!」

 立ちあがろうとした時、膝の痛みで思わずバランスを崩して転んでしまい、慌ててコインを探した。布に包まれたコインは、奏太のズボンのポケットに入っていた。「よかった…」そういえばここで出会ったおじいさん、いったい誰なんだろう。20年前の路上ライブでも出会い、僕を20年後のこの時代に戻してくれた人。

 奏太は家に帰ると、母のコインを出して強く握りしめた。
「これで2つ揃った!早くお母さんを助けないと!」
急いで母の病室へ向かうと、まだ眠ったままだった。母のそばに座っていた父が、奏太を見て驚いていた。
「今日は家に帰ってよかったんだぞ。どうしたんだ、その傷は?」
「えっ?今日は何日?」
奏太が父に確認すると、母が病院に運ばれた日のままだった。

「どういうこと?僕が過ごした3日間はいったい…」
怪我もしているし、コインだってここに2つある。
「僕、お母さんの意識を取り戻すことができるかもしれない」
「そうだな。できるといいな」
父はうつむいたまま、唇をギュッと噛み締めていた。
「違うんだ!僕はなんでも願い事を叶えることができるようになったんだ!」
奏太はそう言うと、過去への旅、そこで出会った人たちの話、そしてコインの力について父に正直に打ち明けた。ただ一つ、不思議な占い師との出会いについては、口外すると願いが叶わなくなると言っていたから黙っていた。

 父は信じられないという顔をしていた。
「お母さんはそのコインの秘密を知っていたと思うか?」
「知っていたと思う。襲われた時このコインだけは渡さなかったみたいだからね」
僕は母のコインと僕が手に入れたコインを手のひらに乗せ、母の意識が戻るようにと願いを込めてギュッと握りしめた。

 すると、手の中が眩しく光り輝いた。まるで古びた洋館の中で、アオイと一緒に戦ってコインを手に入れた時のように。しばらくすると、母はゆっくりと目を開けた。
「お母さん!」奏太は思わず叫んだ。
母の指がわずかに動いた。
「奏太…?」
かすかな声だったが、確かに母の声だった。
奏太は涙を流しながら母を抱きしめた。
「うん、お母さん、僕だよ!奏太だよ!」
 奏太は、コインの不思議な力を改めて実感した。
「ありがとうコイン、ありがとうおじいさん」
奏太はコインを握りしめ、心の中で感謝の言葉を捧げた。

 しばらくして医師が病室へきて、こんなにも早く意識が戻ったことに驚いていた。もちろん父と僕はコインのことは黙っていた。父も僕も喜びと安堵で胸がいっぱいになった。母と少し話をした後、父と僕は母の病室で仮眠をとり朝を迎えた。

 母は怪我が良くなるまでしばらく入院することになった。 

*** 

ある日奏太がお見舞いに行った日、母は僕に聞いてきた。

「奏太、あのコインはどこにあるの?」
母の言葉にドキッとした。
「えっ?ああ、ちゃんと家に置いてあるよ」

 母が意識を取り戻した日、ツインのコインを手に入れてコインの力でお母さんを助けることができたことを正直に話していた。 
「お母さんも若い頃、コインの力で願い事を叶えたいと思っていたの。1個は手にすることができたんだけど、2つ目のコインはどうしても手に入れることができなかった」
母の表情から、何かを隠していると確信した。
「お母さんの願い事はなんだったの?」
奏太は勇気を持って母に聞いてみた。
「願い事?それは今でも変わらない。お母さんの先祖に悲しい思いをさせたあの時代に行って…」

「ちょっと待って!!」

奏太は母が話している途中で叫んだ。
まさか、まさか。
心臓がドキドキするのが自分でも良くわかった。手にはうっすらと汗が滲み出てきた。
「お母さんは…」
奏太は怖かった。このまま知らないままの方がいいのかもしれない。でも、どうしても母の秘密を確かめたくなった。
「僕は20年前の世界でアオイという女性に会った。その人もお母さんと同じ願い事だった。もしかしてお母さんってあの時のアオイなの?」
今にも心臓が飛び出できそうなくらい、全身でその鼓動を感じた。
「……そうよ」
奏太の母は、小さな声で言った。
「やっぱり…」

 僕は、あの日アオイと名乗る若かった頃の母と出会ったことを思い出していた。
古びた洋館の中で、二人で戦って手にしたコイン。味方だと思っていたアオイからコインを奪われたこと。そして、奪い返したこと。
 母はしばらくして絞り出すような声で奏太に言った。
「お母さんはあの日出会った「奏太」にもう一度会いたいと願っていた。やっぱり未来から来た自分の息子の「奏太」だったんだね…」
そして母は僕に聞いてきた。
「そういえば20年前、奏太の目の前を歩いていたおじいさんが転んだの覚えてる?あなたは何もせずにそのまま歩いて行ってしまったと、そのおじいさんが言っていたわ」
「あっ!僕はコインを持って早く未来へ戻りたくて…急いでいたんだ」
「そう、あの後私があのおじいさんを助けたんだけど…」

母は続けて言った。

「あの時、あのおじいさんが言っていたの。『あなたが探している奏太くんは、未来のあなたのために多くの試練を乗り越えてコインを手に入れたんだ。私が奏太くんの前で倒れたのはわざと。手を差し伸べてくれたら、そのまま奏太くんの行きたい20年後の世界へ戻してあげるつもりだった。あなたはいつかこの意味がわかる時が来る』と」

 公園で泣いていた僕を、20年前の世界へ連れて行ってくれたおじいさんだったのだ。しかしあの時僕が助けなかったから、路上ライブに若かった頃のおじいさんの姿でもう一度チャンスをくれたんだと確信した。真相はわからない。ただ、あの時のアオイという名前は咄嗟に出た偽名だったと教えてくれた。
 僕が病室から出る時に、「コインのことは誰にも言わないように」と母は言った。

 病院からの帰り道、奏太は頭の中が整理できずにいた。そのまま家に帰る気にもならず、謎のおじいさんに会った公園に立ち寄った。
「あの日、お母さんを助けたい一心だったのに…」
 時空を超えて旅をしたあの3日間で、今まで僕の知らなかった母の姿を見てしまうことになるとは…

***

 家に帰ると、奏太は久しぶりにピアノを弾いた。今まで僕が辛かった時、悩んだ時、いつも支えてくれたピアノ。何度もやめようと思ったことはあるけど、没頭できるピアノがあって本当によかった。夢中でピアノを弾いた。母の意識が戻った嬉しさと同時に、母があの時のアオイだったと知った衝撃を全てピアノにぶつけた。母は気づいていたのだ。僕があの時の奏太であったことを。

 突然ピアノを弾く手が止まった。
「まてよ…」
「アオイが母だったということは…」
奏太はピアノを弾く自分の手が震えているのを感じた。

 僕は、母の意識を取り戻すためにコインを手に入れた。そして今ここに、そのツインコインが揃っている。母の願い事が叶ってしまったら、歴史を大きく変えてしまう恐れがある。コインの力を使って母の願い事を叶えさせるわけにはいかない。16歳の奏太にはあまりにも負担が大きすぎた。

 数日後、僕は病院にいる母に会いに行った。
「お母さん、具合はどう?」
「おかげさまで、少しずつ良くなっているわ」
母はベッドの上で優しく微笑んだ。
「奏太、あのね…」
母は少し戸惑った様子で話し始めた。
「お母さんもコインの力を使って過去に行きたい」

僕は恐る恐る尋ねた。
「それって、過去の世界へ行って先祖を勝利へ導きたいってこと?」
「そうよ」
「でも、お母さん。それは歴史を大きく変えてしまうかもしれない」
「そんなこと、どうでもいいの!」
「お母さん…」
「私にとっては、それよりも大切なことがあるのよ!」

 母の声は次第に大きくなっていった。僕は母の苦しそうな表情を見て胸が締め付けられた。大好きな母と、歴史を守るという使命。僕はどちらを選ぶべきなのかわからなくなっていた。
「お母さん、もう少しだけ考えさせて」
僕はそう言って、病室を後にした。

 家に帰ると、父が僕を待っていてくれた。
「奏太、お母さんの具合はどうだった?」
僕は、少しずつ良くなっていること。そして、コインの力を使って願い事を叶えたいと言っていたことなどを父に話した。
「お母さんの願いは、歴史を変えてしまうかもしれないんだ!僕はどうすればいいのかわからないよ!」
父は僕の背中を優しく撫でて言った。
「奏太、お前は優しい子だ。きっと正しい答えを見つけられるよ」
父の言葉に、少しだけ勇気をもらったような気がした。

 僕は自分の部屋に行き、机の上のコインを見つめた。
「僕はどうすればいいんだろう。大好きな母を悲しませたくない。母の願いを叶えてあげたいけど、歴史を歪めるわけにはいかない」

 奏太は答えを探し続けた。



第6話へ続く

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