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雨と心の曇り


 お休みをすることになったナマケモノは、しばらくは食事をしても、お掃除をしても、なんだかモヤモヤした気持ちでした。

 あんまりモヤモヤするのでいろんな事をやり過ぎました。他人のアドバイスを素直に受け入れるナマケモノは、アレはコレは、とやったら良い事はとにかく試します。
 そしてやっぱり疲れてしまい、どうして自分は上手く出来ないんだろう、と自分を責めてしまうのです。
 これではまだなんにも変化も進展もない、手紙が書けない…。
 それもナマケモノの悩みでした。

 天気が悪くなる予報が出ていた日です。
 気持ちが、わぁっと膨らんでいたナマケモノはとりあえず外へ飛び出しました、行く宛は特にありません。

 どこへ行けばいいのか、どこに行きたいのかわからないまま歩くというのは、下しか見ていません。
 ですから、ナマケモノはいつしか、何かにぶつかりました。
 本です。
 山積みの。
 そしてどうしてこんなに積んであるのかというような場所に居ました。
 積んであるのか、キノコの上に置いてあるのかわからない風景です、メルヘンというか、奇怪というか。そんな場所では上を見上げるほか、ありません。
 特徴ある赤いキノコを椅子のようにしてネズミが本を読んでいます。
 「ぶつかってすみません。下を向いていて…」
ナマケモノは謝ってから、これは全部あなたの本ですか…?と訊ねました。

 「これは、この世にもう居ない者たちの物語をまとめた本。こちらは、これから居なくなるかもしれない者たちへの本。今読んでいるのは、消える世界と新しい世界の本。」

早口に話すネズミは眼鏡をくいっと直しながら本から目を離すことなくナマケモノに答えました。
 「難しい本なのですか…?」概要だけではそうとしか想像がつかなくて、ナマケモノは訊きました。ナマケモノはキノコに座るネズミは学者かな、と考えました。

ネズミはキノコの上で本を読みながら答えた。「好きで読んでる。他の人は悲しいとか、ツライとかはイヤで、楽しい話が好きだとか言うけれど。僕は、読みたいと思うタイトルで選んでる。」

「ぼ、僕は…。誰かが、良かったと教えてくれた本を読みます…。」
ナマケモノが呟いた小さな声でしたが、ネズミは初めてこちらを見て、不可解、といった表情を見せました。
 ナマケモノもその表情で不安になります。
 なにか変な事を、ネズミの気持ちを不快にさせたのかなと…。ナマケモノは自分の発言に自信がありません、だからこの小さな呟きを、しなければよかった、と後悔し始めていました。
 
 ネズミはネズミで思案中という顔から突然!

 「例えば、僕はこうして本を読んでいる時間読み終わったあと、この本を選んで良かったなぁとか感じてる自分を知ってる。その反対もある。そこでどうしてその、良かったなぁと思わなかった本は、何が自分に合わなかったのかな?とか、考える。
 
 実は合わなかったのではなくて、自分に足りていない事柄を補う本だから、この本は、これからの自分に必要な本だと判る。
 本を選ぶのはなりたい自分を選ぶのと似ている、と僕の持論だが。

 楽しいとか幸せだけ感じるのは…まず難しい。だけど、そもそも、キミは、他人の感想を信じている。それはわりと素晴らしいが、それが正しいか、言い換えれば、自分の気持ちを信じていない。」
それはいかがなものかなぁ、とひと息に言うとネズミは本を閉じた。

 怒られた?なんか言われた内容がよくわからなくて目を逸らしたくなったナマケモノは下を向きます。
 ネズミは、じっ、とナマケモノをみて、「自分のなかの気持ちを意識してごらん」と言った。
ナマケモノはびっくりして顔を上げました。
 意識するってなに?
「あれ、僕はそんなふうに、僕こと考えたことがあったかな?」思わずナマケモノはぺたんと座り込んでしまいます。
 
 ネズミは赤いキノコの上からナマケモノに少し大きめの声で「もうじき雨が降るよ、ボクは本を濡らしたくないから、此処を閉じて帰るから、まぁ雨音でも聞いて行きなよ。」
 返事がないナマケモノを振り返ったが、ぴょんぴょんと行ってしまいました。

 閉じるって?と思ったら、バサリとテントの様に本当に閉まったのと同時に雨がパラパラあたる音がして、ナマケモノはしばらくそこに居させてもらったのでした。
 雨音は静かに、しかし、波のような音をさせながら、葉に当たり弾け、テントをつたい土に沁み渡ります。ナマケモノは出身地のあの鬱蒼とした森林を思い出しながら、浅い呼吸は次第に安定した寝息に変わっていきました。
 

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