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スペクトラムを持つ少女


 スペクトラム〖spectrum〗
(名)スル
分光すること。「咲き拡がる白泡は、日光に淡く七彩を━する/青春風葉」
大辞林 第三版

 虹の色が7色あるよ、というのは聞いた事があったり見た事もあるかもしれません。また光はどうして色が付いて見えるのか、なども理科や天文学、文学、化学の授業中に習う事かもしれません。

 ここで言う「自閉スペクトラムを持っている」とは「そういう特徴的なものを様々な分量で持っている」と言っておきます。
 光の説明のように、明るい印象を受けたり、与えたり…ならよいのですが。
 残念ながら、少しまだ、「厄介者」と言われたり、「普通じゃないのか?面倒だな」と思われていたりします。
 様々な分量で持っている、という事は、誰もが多かれ少なかれ持っている、と解釈されたりもします。
 珍しくない、と言えなくも無いです。
 「みんなそうだよ、困ることは特にないよ、気にしすぎじゃないかな?」なんて、よくある話です。

 しかし、少女はかなり困っていました。毎日が緊張の連続だからです。
 何故でしょう。
 少女は動物たちのように特別に耳がよく聞こえるわけではありません、ただ、音の選択をする、声のする方へ意識を集中していないと、まるで手塚治虫先生の漫画の擬音がそのまま、「わいわい、がやがや」「ガツンッ」といっぺんに聞こえてしまうので学校やお家だけでなく世界が常に騒がしいのです。あとセリフの中に音が被りよく聞こえない、という表現技法そのままに、たくさんの声の中から必要な会話の内容を聴き取るのに体力を要します。
 「あの音は何?!」と驚く事もよくありました。でも、足音や車の音で誰が来たのかもわかりました。電話がなるぞ、っという微かな電気の音も判るなど、とにかく疲れます。何の音なのかを知るまで、わからない音がするからです。
 でも周りの人達はほぼ気にしないので何の音が正体なのか、自分で探してラベリングしていくしかないのです。

 疲れた少女の安らぎは、近所のもふもふとした毛を持つ、生き物でした。声を出していなくても、手脚や尾、耳、目、人間とは違うけれど意思疎通が出来てしかも温かくて静かで、周りに注意を張り巡らせているところが似ていて、好きでした。
 もしかしたら、私は、動物界の生き物なんじゃないか、と考えたりしましたが、明らかに、少女は人間の姿をしています。
 少女は生き物が大好きで色々な事をたくさん吸収しました。どこでどんなふうに生きているのか、生き物の番組を観て、本を読んで知りました。けれども、そればかりを出来ません。学校の勉強もしないと、動物の番組や本を読ませて貰えません。

 少女の年齢が上がると今度は、女の子だから、という理由で色々制限がかかります。女の子の会話に出てくる言葉が分かりません、興味がないから知らないのです。でも知らなくても、聞いていれば覚えます。とりあえず聞いていればいいけれど、今度は自分の話が出来ません。
 洋服も困り出しました。
 女の子の服が苦手です、正直着たくありません、肌に触れる部分がイヤなのです、気に入った同じ服を毎日着てはダメだと言われました。大丈夫な物とダメなものは見た目では分かりません。でも大丈夫なのは男の子みたいな服で、自分はもしかして男の子?しかし残念ながら見た目は女の子でした。

 プレゼントはなにが欲しい?と聞かれたら必ず、本か、ぬいぐるみを選びます。本当は、生きている犬と一緒に生きたい…だけど、「あなたには無理」と言われて「他に頑張ることがたくさんあるでしょう、それが出来ないならダメ」と言われてしまいます。
 お部屋を片付けてね、と言われますが少女には何が何処にあるかわかりますから、言われた通り、片付けた方がわからなくなります。記憶力の使い方が異なるからです。

 確かに他に頑張る事はたくさんあって、それをやらないと、動物のお仕事には近付けません、なんて言われてしまうと、絶対に、手を抜いたり、やらなかったり、嫌だやらない、と言えないのです。頑張って、と言われた事は頑張ります。

 そんなふうに、少女の場合、大人の言う事は正しい、と思うとどんどん困る事が増えました。だから、一旦、自分ってものを切り離して、登場人物として生活してみたらいいんじゃない?と演劇を観て思いました。あの登場人物みたいに、そういう役柄だと思って、真似してみたら、ちょっと上手くいきました。
 だけど、一旦切り離した自分、に戻る時間がありません。そのまま時間はドンドン過ぎて、自分に戻れないまま、自分との距離も開いてしまったのです。
 
 「怖い…。これ怖い話の小説かなにか?」
ナマケモノは久々に来たニライカナイでその本をパタリと閉じました。
 「あら、ひどい。それは私の日記なのに。しかもホラー小説だなんて。あり得ないと言いたいの?」

 ナマケモノは、ちょっと考えて、まず、「言い過ぎました、ごめん」と言いました。
 少女は、大人のような話し方をするのでそれも周りから可愛らしくない、と不評なのだそうです。
 そういうのを、物語っぽくしたら、自分の事が伝わるかなぁと書いたものなのに。
 小説と言われてしまうと、まるで無いモノを在るように書いてるって言われたみたい、と言いました。

 目の前には少女が居て、今日はこんな事がありました、って日記はもう少し違う物を想像しがちです。
 
 想像以上に、少女は困っていたのでしょう。困る、とも言えなくて、言っても気にし過ぎと言われて。
 よく分からないけれどなにかに敏感で体調も悪くなるけれど、明確な理由や病気が見当たりません、そういう時は具合が悪い時すら嘘吐きに思われてしまいます。
 ただ、「何か良い方法があればなぁ」と困っている事を一緒に考えたら良かったのかもしれません。
 
 
 「僕、結構、良い毛並みしてるんだ。抱っこしてみて」とナマケモノは少女の膝に座ります。手を伸ばしてみたり、背中を撫でられたり、お腹や目の周りを優しく触られるとうっとりしてしまいます、少女も目を閉じて静かに撫でながら、ポツリと「犬と生活してみたいな。」と呟きます。

 「きっと、目線を同じにして、犬が見てる方を一緒にみたいな。目と目で合図しながら、仲良くやれると思うんだけどな…。」
 「いつかやれるよ」
 「無責任な大人と同じこと言わないで」
「無責任じゃないよ、きみなら、一緒に暮らさないまま死ねないって思ったら考えるより行動してるって。」

 それにさ、とナマケモノは続けます。
「人の歴史もさ、木の棒で殴り合ってたのが、鉄に変わって、さらに空を飛ぶようになって、スイッチで町が消滅したりしてさ、ドンドン変わるんだ。
 最後には機械の身体が最高のステータスに変わって、生身の人間が剥製にされたりするんだよ…。」

「あの有名な漫画を読んだのね?
そうね、あんなふうに、私たちがいずれ、博物館に展示されるのかな。武将の「元気してるー?」ってテンションの手紙が、厳かに展示されたりするように。
 以前私は、ナマケモノが排泄の為だけに安全な木の上から降りて、木の根元に排泄を続けて、それが森を育てる栄養になるって映像を観たの。
小さな事でも、世界には不可欠なんだなと思った。だから、私は不完全な幻想第四次の銀河鉄道で、ほんとうのさいわいを探しにいくほうがいいな。」
 少女は、いつも、自分のしたい方を選んでいます。ワガママ、と言われることが悲しくて、だんだん選べなくなりつつありました。

 少女がこれ以上傷付きたくないのもわかるけれど、ナマケモノはお願いしました。
 「人はさ、誰かの為にやってても、良いことにも悪いことにも、道が別れることが多いよね。でも、いつも、ずっと後にならないとわからない。
 頑張るのをやめたら、嫌われたり見放されそうで怖いよね。
 自分が頑張って何とかなる事と、自分ではどうしようもないモノがあるって今、見分け付かないから。
 だから自分を守るために今は自分を隠しても良い、でも切り離すのは止めよう?本当に戻らなくなったら探し出すのは大変だよ。それは僕も体験したから、わかるんだ。」
 
 ナマケモノをふんわりキュッと抱きしめて、わかった、と少女は小声で約束してくれました。

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