遠足おにぎり【2000字のドラマ】

とても久しぶりに朝ごはんを食べなかった。食べなかった、というか食べる時間がなくてたまたま用意していたおにぎりをそのままカバンに入れて家を飛び出したのだ。

会社につき、デスクに座ってぼーっとおにぎりを口に運ぶ。
雨で電車が遅延してると乗換案内のアプリに出ていたので急いで出てきたのだが、いざホームに着くと寸分の狂いなく電車が動いていた。結果、いつもより早く着いてしまい会社で朝ごはんを食べることになってしまった。

「お、川見ちゃんは朝はお米派か〜。」
声が降ってくる。見上げると先輩が、おはよ、と手を振っていた。
「おはようございます。」
と会釈すると、先輩はそのまま手をひらひらさせて私の目の前の自分のデスクへ腰掛けた。
「先輩はパン派ですか？」
と問いかけると、先輩はコンビニの袋から飲むヨーグルトを取り出し、これ、と笑った。
お腹空きません？と問いかけると先輩は
「空くね、普通に。」
と言いながら飲むヨーグルトのパックにストローを刺した。
続々と出社してくる同僚の声、窓に当たる雨音、フライングして聞こえるキーボードの音。混ざりあう音の中で、私は静かにおにぎりを食べた。
そういえば、学生の時はよくこんなことあったっけな、と物思いに耽りながら。

そう、学生時代、バイトが朝番の日は出勤してから休憩室で朝ごはんを食べていたのだ。
実家暮らしだったので、前日に母が余ったご飯で作ってくれたおにぎりを持って行って食べていた。

「うわあ、なんか懐かし〜。」
上から声が降ってくる。見上げると後輩の橘くんが私の手元を覗き込んでいた。ん？と首を傾げると
「手作りおにぎり。遠足みたいっすね。」
と笑う橘くん。遠足…？とか思っている間にも、いいなあ美味しそうっすね、と彼は続ける。
「作って持ってきたら？」
と言うと、下宿なんで無理っすよ、と笑う。
おにぎりを食べ終わった私はロッカーを開けてスマホをしまい込んだ。今日の業務を確認する。どうやら今日は朝から売り場のレイアウト変更らしい。小さくあくびをして、レイ変かあ、とつぶやく。するとまた上から声が降ってきた。
「そういや今日は川見サンいるからって昨日売り場超テキトーなまま帰ったんすよ。業務確認したらレイ変やんの俺と川見サンだったし、いっかなーって。」
と後輩くんの少しゴツめの指輪のついた人差し指が業務表をなぞる。
私は朝番のシフトばかり入っている奴としてバイト仲間にも社員さんにも認識されていたので、朝の業務は大概できた。レイアウト変更もそのうちの一つだ。
「昨日遅番で今日朝番なの？かわいそ。」
と橘くんの方を見る。
「そー。だからね、クソ眠い。」
と明るめの髪をぐしゃぐしゃとしながらあくびし、ふにゃっと笑う橘くん。
橘くんは私と違って朝夜関係なく授業との兼ね合いを見て入ってるようだ。朝は社員やパートが多くて私のような学生バイトはあまりいないから、1人でも私の他に学生バイトがいてくれるとなんだか嬉しい。正直、同回生だともっと嬉しかったけど。
出勤前はいつもこうやって業務表を見て今日の業務は当たりだのハズレだの言ったり、おにぎりを食べながらぼーっとしたりしていた。そして社員さんが動き出したのを見て、そろそろかあと腰を上げて仕事へと向かっていた。

そんなこともあったな、とおにぎりを食べながら何となく思い出した。

橘くんは割とシフトが被る後輩だった。大学卒業と同時にバイト先も卒業する時にもらったアルバムにも『よくシフト被りましたよね（笑）』と書いてあったほど。
しかも、橘くんはよっぽどおにぎりが羨ましかったのか、アルバムのメッセージカードにおにぎりの絵文字も添えられていた気がする。

社会人になって親元を離れた今、橘くんが羨ましがってた意味が何となく分かる気がする。
今日のおにぎりは昨日の余ったごはんをテキトーに握っただけのものだけど。正直、たまたまご飯が余って用意してただけだから久しぶりに食べたし、自分の手作りだからなんかちょっと形も味付けも違うけど。

前の方からズズズッと飲み物をストローで啜る音が聞こえる。ふと目をやると先輩が飲むヨーグルトの容器をからからと振っていた。もう飲み終わったらしい。
そんなことを思っていると目が合う。
「やっぱ少ない？朝ごはんこれだけって。」
先輩が肩をすくめて言う。
私はもう食べ終わったおにぎりの残骸に目をやった。
包んでいたラップに少しついた海苔の跡が手につかないように、ヨレヨレになったラップを丸めて、ゴミ箱に捨てに行こうと立ち上がった。
そして先輩の方に向き直り
「手作りおにぎり、オススメしますよ。ここで食べるの遠足みたいで、なんかいいですよ。」
と笑った。

(1891字)

(2000字内であまり描けず諦めたので何のバイト？て感じですが元某大手ファストファッションのお店のアルバイターでございました。現役の方ならというか現役の方にしか分からない会話内容ですみません…。)
(そして写真は本当に母が作った、いかにも！って感じのおにぎりです。お読みいただきありがとうございました！)