見出し画像

一致

彼は完全無音映画をたまに観ている。

無音映画、役者の台詞が入っていないものなら僕も観ることがある。

でも彼は役者の台詞もなければ、挿入される音楽もない映画を観ている。

どうしてそんな映画……というか映像?を観ているのかと訊いたことがあるのだが、その答えはなんとも彼らしいものだった。

だって普通に生活してる中で音楽なんて挿入されないだろ?

台詞については、こう言っていた。

映像っていうのは過去のもので、その言葉は現在を生きている者にはわからないものだから、字幕で十分だと思わないか?

というより、字幕すら必要なくね?

……今思い出してみても、よくわからない言い分だ。

チラリと二人掛けのソファの真ん中にふんぞり返り現在進行形で無音映画を観ている彼を見る。

楽しいのかどうか、その様子からはさっぱりとわからない。

少なくとも僕はせめて音楽が付いている無音映画の方がいいんだけどな、と思う。

そもそも彼にとっては映画に限らず映像というものは過去を観ることのようなので、この状況は楽しいとかそういうものではないのかもしれない。

過去から何かを学ぶ、とか前に言っていたような気もする。

どちらにせよ、彼の考えていることは凡人の僕にはわからない。

コーヒー淹れるけど、飲む?

いらない、炭酸をくれ

コーヒーを飲むか訊いたのに、答えは炭酸とか本当に自由な人だ。

なんだって提示されていない選択肢をそこに入れ込んで来るのだろうか。

まあそれも彼らしいのだけど。

僕は先に自分用にコーヒーを淹れ、それを終えてから冷蔵庫を開けた。

彼にとっては残念なことに、炭酸は味のついていないものしか残っていなかった。

まあでも、彼は炭酸としか言わなかったから味なしを出してもこちらに非はないだろう。

グラスに炭酸水を注いで、映画を観ている彼の前に置く。

彼は自然に手を伸ばしてそれを口へと運んでいく。

一口含むと彼の顔が歪んだ。

ガン、と音を立ててグラスをテーブルに戻す。

じろりと恨めしそうに僕を見上げるけれど、その目は少し赤くなっている。

あー、うん、……なんか、ごめん

……コーヒーならあるけど、飲む?

彼は無言で頷いた。

奇しくもその時、無音映画の役者も彼と同じように頷いていたのを彼は知らない。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?