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弱さを見せたある人の夢物語

人は誰だって強くありたいと願う。
強い人が偉くて弱い人は偉くないと、そんな気持ちが心に眠っているから。


私もそうだった。だった、と過去形にしてはみたけれど、たぶん今だって自分を苦しめるほどの強さへの憧れを消せてはいない。

強くなりたい。強くならなきゃ。弱いままの自分は嫌だ。嫌いだ。どうしてこんなことで落ち込むのか。どうしてこの程度のことを笑って流せないのか。なんで、どうして。

憧れを持つことは悪いことじゃない。意欲が生まれ、希望が生まれ、頑張る活力にもなる。でも、私の場合は違った。活力どころか、自分に息苦しさを与えてしまった。

強くなりたいと願った。憧れを抱いた。
弱い自分を全否定して心の底からそう願った。

『弱いままでいいよ。強くなると、あなたの良いところが消えてしまう気がする。』

なくなってしまうと言いかけて、消えてしまうと言い直すような、そのぐらい人の気持ちを汲み取って、渡す言葉を大切に選ぶような人が私に言った言葉。あなたのいいところはそれだけじゃない、だけど、もしも強くなれば、いいところの一つを消してしまう。そんな意味合いを持って、本心であることを証明するように、どこか寂しそうに渡された言葉。

強くならなくていい、弱いままでいいんだ。
強がりでも諦めでもなく、ただ純粋な気持ちで初めてそう思えた瞬間だった。


その日から私は少しだけ、人に弱さを見せるようになった。心の中で考えて落ち込むのではなく、その感情を正直に吐き出すようになった。

『あなたは仮面を被るのが上手すぎんのよ』
『仮面を外せとは言わないけど、これが仮面ですよってのは気づかせてもいいと思うけどな』

これもまた、弱いままでいいと、そう言ってくれた彼の言葉。嫌いな自分を隠すための仮面だったのに、それが自分を息苦しくさせていたのだとやっと気づいた。

弱さを見せたことで、変わったことがある。それは、自分で自分を苦しめてしまったり、自分ではどうしようもなかったりすることを、周りが助けてくれるようになったということ。

びっくりするぐらい自己肯定感が低い。そう言ってみれば、『じゃあ俺があなたの自己肯定感を上げてやるよ』って返してくれた人がいた。
その言葉の通りその人は『あなたは大切だよ。必要だよ。』と、事あるごとにそう伝えてくれる。ちゃんと言葉にしてくれる。

弱いままでいいと伝えてくれた彼に言った。頼っていいと言ってくれても、どこまで頼っていいかわからない。あなたには嫌われたくない。そもそも否定できないことを知っていてそんなこと言う自分めちゃくちゃだよ。そんなこと全部吐き出してみれば、『しんどいときはめちゃくちゃでいいのよ』って返してくれた。
それからその人は、大丈夫だよ心配しないでってそんな言葉以上の言葉をかけてくれるようになった。『あなたは大切な相手だから』『俺だってあなたに支えられているんだよ』『頼ってくれるのすごく嬉しい』と。仕方なく関わっているなら言えない言葉。わざわざ言わなくていい言葉。そんなあれこれで本心を示すように。

私が言葉にするようになったから、相手も言葉で伝えてくれるようになった。私が心を見せた分だけ、相手の心の深い部分を見せてくれるようになった。私が弱さを認めた分だけ、私が私を抑えつけて傷つけることが減った。


もちろん、弱さを認めてくれない人もいる。少し本心を見せれば、こんなんですぐ落ち込んでって笑ってくる人もいる。自分が自分にそう思う時もある。いい加減強くなってくれよって責めてしまうこともある。

そんな人には弱さなんて見せてやんない。私の本心なんて教えてやんない。自分で自分を追い詰めた分、心が落ち着いてから、余裕ができてから、自分で自分の味方をしてあげる。そうやって気持ちに折り合いをつける。


これだけいろいろ言っておいて、この文章の登場人物は3人しかいない。自己肯定感を上げてやると言ってくれたあの人、弱いままでいいと言ってくれたあの人、それから私。頼っていいと思える人、正直になれる人はほんのわずかしかいない。年上の人、男の人。それは、自分の方が弱くても許されると思える相手。私だってまだおおよそ仮面は被ってるし、弱さを徹底的に隠してばかりだ。だけど。


弱いままでいい。弱いからこそ誰かに優しくできて、弱いからこそいい面がある。それを大切にしてあげればいい。助けを求めれば助けてくれる人はいる。弱い部分を認めてくれる人がいる。少しでも心を見せれば心で向き合ってくれる人がいる。

それは夢物語だと言う人も居ると思う。
でも確かに、私はその夢物語を生きている。


まだ憧れは拭えてなくて、私が私を苦しめてしまうこともあるし、頼ることの不安もあるし、弱い自分が大嫌いだと思う夜もある。

だけど、ここまで綴ってきた文章のように考えられた私のことは、ほんの少しだけ好きになれるから。そんな私は、自分に優しくしてあげられるから。この感情を忘れないように、ここに記しておきます。

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