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ひとつでも愛された思い出があれば(エッセイ)

以前書いた「実母に傷つけられた心を、姑が癒やした話」に、思いのほか沢山のスキをいただいて、それだけお母さんとの関係に思いを巡らせている方が多いということなのかな、とも思った。

でも、あれから私の感情は少しだけ複雑に揺れ動き、「お母さんのこと、こんな風に書いちゃった」とか、「違うんです、お母さんにもいいところはあるんです」「もっと、お母さんが大好きです、みたいな文を書く私だったらよかったのに」とか、心の中はぐちゃぐちゃだった。
ぐちゃぐちゃを紐解くと、きっと私は母が好きでたまらないのだろう。
毒親だとは、思いたくない。 
親が子を好きじゃないことは、あるのかもしれないと思う。
けれど、母親を好きじゃない子供はいないだろう。
それゆえの苦しみだ。愛ってなんて複雑なのだろう。
母とのいい思い出もあるはずなのに、あんまり思い出せない。
どうしてなんだろう。



そんな昨日は、ロールキャベツを作った。
ホワイトソースが入ったロールキャベツを作ろうとしていたのだけれど、夫を迎えに行くのに時間がなくなり、普通のコンソメ味にした。


子どもの頃、母が作ってくれていたのは、ホワイトソースのロールキャベツだった。キャベツの中の具が、固めのホワイトソースに包まれていて、切り分けて食べているうちにスープにもその味が混ざり、最後の一滴までとても美味しいのだ。
私はそれが普通のロールキャベツなのだとずっと思っていた。一般のロールキャベツはコンソメ味で作ることが多いと知ったのは、ずいぶん大人になってからだった。
初めて自分で作ってみた時、教わってもいないのに同じ味になった。
そして、とても手間がかかることを知ったのだ。


そんな話を夫にしたら、「それがいい思い出なんじゃないの」と言われた。
全てに満足することなんて出来なくて当たり前だけど、一つでもいい思い出があれば、それを大きく大きく拡大して、嫌なことはそれで覆いかぶすみたいにして、生きていけるのかもしれない。

父が中学生の時に、父の両親は離婚した。おじいちゃんは他の人を好きになって、再婚して子供が生まれたそうだ。それから父はおじいちゃんに対してずっと色んな思いを抱えてきたそうなのだけれど、父が中学生の時に、忙しい中柔道の試合を見に来てくれた時の、体育館の入り口に立っていたおじいちゃんの姿を、なぜだかずっと思い出すんだ、と言っていた。

私はこのホワイトソースのロールキャベツを、何倍にも引き延ばして、心のどこかに貼っておこうと思った。

そうしたら、母の優しい顔を、沢山思い出したのだ。
小さい頃、昼寝から目覚めて母のところに行った時の顏。
小学一年生の時に、学校帰りに見かける洞窟みたいな外装のレストランがずっと気になっていて、お願いしたら連れて行ってくれたこと。そこはレストランではなくバーか何かで、私は洞窟の雰囲気の中でハンバーグを食べ、母はコーヒーを飲みながらそれを見ていた。
夏休みのスペシャルとして、兄と一つずつレディーボーデンの大きなアイスをもらって、好きなペースで食べたこと。


思い出していたら、不思議と傷ついたことのほうが薄れてきた。
大きくなるにつれて、どうしてこんなにこじれてしまったんだろう。
確かにかわいがってくれたのに。
私は、なんだか泣けてきて仕方なくて、このまま母と別れることになったら嫌だと思った。

ずっと母を喜ばせたくて、でも喜んでもらえなくて、追いかけてきた。
欲しかった愛情をくれる人が現れて、前ほど母のことに囚われなくなった。
母のことをしばらく思い出さなかったことに自分でも驚いて、解放されたんだと思うと同時に、まるで母なんていなかったみたいに過ごしてしまったことが怖くなったりもする。

母とはしばらく会っていない。
そういえばいつの間にかもう、かなりおばあちゃんになってしまった。
ずっと放っておいて、今更どうしたらいいのか、何から始めればいいのか見当もつかなかったけれど、私は子供の頃スペシャルなロールキャベツを作ってくれたことについて、ありがとうを言うことにした。

そんなことで何かが変わるとは思えない。
母にしてみても、何で急にそんなことを言うのかわからないだろう。
でも、今はそんなことしか思いつかない。
母を喜ばせたいとか、そんな気持ちではなく、ただどうしても伝えたいから伝えようと思った。今、母が生きているうちに。


メールしたら、返事はそっけなかったけど、私は傷つかなかった。
歳をとって弱ってきた母に、私の気持ちも変わっていくのかもしれない。
見返りを求めないで、ただただ愛を差し出すことができたらどんなにいいだろう。


こんなことを思うなんて、色んな人がくれた愛情と、数年ぶりに作ったロールキャベツで、閉じていた私の心にも変化が起きているのかもしれない。

そもそもどうして昨日は数年ぶりにロールキャベツを作ろうなんて思ったんだろう。
そんなタイミングだったのかな。


読んでくださって、ありがとうございます。

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