眠れない夜に捧げる。

眠ることがひどく下手になってしまった。
かつては文字通り、いつでもどこでも眠ることが出来たのに、いまでは小さな錠剤に頼らなければ、まともな睡眠ひとつとれない。
しばしば、その錠剤に頼っても、眠れない夜も訪れる。
そんなときはこうしてパソコンを開いて、鍵盤を叩いてみたりする。
今夜はちょうど、そんな夜。

夜はとても静かだ。
隣家からの物音もなく、ただ静かに月と、私だけが起きている。
時計の秒針だけが規律正しく時を刻む部屋で、いつもよりも優しく鍵盤に触れ、大きな音が立たないように、少しずつ文章を積み上げていく。
そうして、慌ててタオルケットを被ったりしたら、途端に逃げ出してしまう、繊細な眠気を大切に育てていく。
空が白みはじめるまで、誰に向けるわけでもない、とりとめのない文章をしたためる。


私には、眠るのが不得意な友人が多い。
ある友人は眠れない夜、夜が明けるまでの時間を、ひとり踊るのだと語っていた。
誰の目に触れることもない、ただ夜に捧げられる踊りは、いったいどれほど美しいのだろう。
友人は今日も、ひとり踊っているのだろうか。
眠れない夜をいま、遠く離れた場所で、私たちはともに過ごしているのかもしれない。
眠っていたってかまわない。けれど、そう思うだけでほんのすこし、こころづよい。

郵便配達の音が聞こえる。
夜明けを告げるように、からすが鳴いている。
東の空がうす灰色に明るくなりはじめている。
もう少ししたら、仕事へ向かうひとの足音が響くのだろう。

やわらかな打鍵音とともに、すこしずつ大きくなった眠気を抱えれば、すこしなら眠れるだろうか。
おはよう。
そして、おやすみなさい。

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