不要な抗生物質、怖い抗生物質

今日の話は全部岩田健太郎先生の本で勉強したことです。

これは石巻市内及びその周辺で実際に行われている診療なので、思い当たる人は「ギクっ」としていただければいいのです。風邪にグレースビッドとかメイアクトなどの抗生物質を出している医療機関があります。ある医療機関ではどうやら約束処方に入れているらしく、そこがかかりつけの患者さんのお薬手帳を見せてもらったら風邪を引くたびに毎回グレースビッドが出ていました。

風邪というものはウィルスによる疾患であって細菌ではないのから抗生物質は不要だという理解が一般にも広まったのはコロナの皮肉な効用です。しかし患者が知識を獲得したのに医者の方があいも変わらず風邪に抗生物質を出していたのでは、話になりません。

風邪に抗生物質を出す医療機関がどんな抗生物質を出しているかを見ると、苦笑いを通り越してゾッとすることがあります。

セフゾン、メイアクト、セフスパン、トミロン、バナン、フロモックスは苦笑い系です。これらはまとめて「第三世代セフェム」と呼ばれるグループの抗生物質ですが、このグループの抗生物質は口から飲んでも吸収されません。ほとんどうんこになって出て行きます。どうせ吸収されないから副作用もないかというと、吸収されなくても腸管細菌叢は壊します。だから下痢はするんです。風邪はウィルス性疾患ですから抗生物質は一切不要なんですが、下痢は起きます。苦笑いするしかない系統です。

もっとも第三世代セフェムの注射剤である「セフトリアキソン(ロセフィン)」は大事な薬です。腎盂腎炎をクリニックで治療するときはこの注射を約1週間1日一回注射します。外来で朝夕2回通ってもらうのは無理なので、「1日一回」というのは重宝します。飲み薬は無意味ですが注射は大事、というのが「第三世代セフェム」です。

苦笑いを通り越し背筋が寒くなるのがクラビット、グレースビッドなど「ニューキノロン」系の抗生物質です。ニューキノロン系の抗生物質は、めちゃくちゃ色々な微生物をやっつけます。「皆殺し」系です。しかし「何でも効くんならいいじゃないか」では無いです。いくら色々なものをやっつけるといっても要するに抗生物質ですから、ウィルスには効果がありません。風邪に出すのは無意味です。しかしそれで私の背筋が寒くなるわけでは無いのです。

クラビットやグレースビッドは結核菌にも効くのです。これがまずいのです。なぜならこれらの薬は結核菌を若干弱らせますが、完全に叩くわけじゃありません。中途半端に効くのです。最近日本では高齢者を中心に結核が増加傾向にあります。発熱、咳などを呈する患者に「風邪」と誤診してクラビットやグレースビッドを出すと、それが本当は結核であったとしても中途半端に良くなります。よくなった、治ったと勘違いしたら大変です。完全に治す力はないからです。要するにこういう抗生物質を風邪に出していると、結核を見逃します。またこれらニューキノロンはやたら色々な細菌に効きますので、こういう治療を繰り返していると「多剤耐性菌」が出てきます。細菌が突然変異を繰り返して抗生物質が効かない菌になるのです。ニューキノロンがたくさんの細菌に効くだけに、ニューキノロンによる多剤耐性菌は無敵の菌になります。どんな抗生剤もへっちゃらだぜ、という細菌ができるのです。ニューキノロンは抗生物質の専門家でない限り、使うべきではありません。

先日当院で肺炎と診断し、「軽症ですから入院ベッドがなければ当院で診ますよ」」と紹介状に書いて日赤に送った患者さん、ご家族に「どうなりました」と電話したら「抗生物質を出されて返されました」とのことです。サワシリンかアモキシシリンのどちらかとオーグメンチンが出ましたね、と言ったら「その通りです」というので、「ではそれで結構です。1週間後に来てください」、と言いました。普通に社会で暮らしている方がかかる肺炎はほとんど肺炎双球菌によるものなので、この二つのペニシリンで良いのです。なぜペニシリンを二種類合わせるかというのは専門的な話なので省略します。膀胱炎ならケフレックスかバクタです。膀胱炎は大腸菌と相場が決まっていますから。

風邪に闇雲にグレースビッド出しても医者は儲かるし、こうしてきちんと使い分けても一文にもならないのですが、本音を言うとこう言う「まともな診療」を医療報酬で評価してくれたらいいのに、とは思いますけどねえ。


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