日本酒の味

「水鳥記。純米大吟醸」



当院のスタッフから戴きました。その人は石巻の人ですが、水鳥記は気仙沼の酒です。



気仙沼の酒は、辛いのです。



日本酒度という数値があります。要するに比重です。糖分がたくさん含まれているとその酒は水より重くなる。少なければ軽い。だから比重を酒が辛いか甘いかの指標にしようというのが「日本酒度」。



ところが、この数値は「人間がその酒を飲んだとき甘いか辛いか」とはほとんど、いやはっきり言うとまったく、相関しません。日本酒度は+9度だが辛いと感じない酒は、いくらでもあります。



例えば秋田の北鹿や福乃友。日本酒度では辛口になりますが、飲んだ印象ははんなりと上品な酒です。石川県の天狗舞もそうです。日本酒度に基づいて辛口と主張しますが、実際飲めば如何にも都風な、上品ではんなりとした酒です。「はんなり」というのは京言葉だそうですが、上品で洗練されているけれどもその意味は20世紀以降のモダニズムやポストモダンというような概念ではなく、歴史を経た上品さだという意味で私は「はんなり」と言います。



これに対し、飲んだ途端明らかに「辛い」という酒が、私にとっては三つあります。北海道の男山、高知の酔鯨、そして気仙沼の酒です。水鳥記は気仙沼の酒ですから、飲むと明らかに辛いのです。



こういう酒の日本酒度はいくらか、なんて言うことを私は調べようとは思いません。だって日本酒度がどうであれ、それは辛いのですから。



北海道、気仙沼、高知。何やら共通点があるような感じがします。太平洋に面していて、主要な魚介類は遠洋漁業で捕れるマグロや鰹です。サンマも獲れましたが、ここ数年サンマはずっと不漁です。



マグロや鰹。昔をたどれば鰊。北海道ならホッケも加わるでしょう。こういう魚は、明らかに「辛い酒」が合います。はんなりとして上品な酒は、魚に負けます。



同じ宮城県でも、塩竃の浦霞や石巻の日高見、墨廼江も日本酒度で言えば「辛口」に該当しますが、気仙沼の酒の辛さとは明らかに違います。浦霞、日高見、墨廼江は「すっきりした酒」です。はんなりとか、ふくよかという表現には当たりません。すっきりしている、キリッとしているという表現が適切です。しかし「辛い」ではありません。石巻や塩竃では近海物が肴になります。磯のものです。そう言うものには、すっきりしているが「辛い」というのではない酒が合うのです。これに対し、気仙沼港で揚がるサンマ、鰹、マグロにはまさに「辛い酒」が合うのです。



水鳥記

甘い辛いは糖の量で決まるんだから、糖分量を反映する比重で甘い辛いを数値化しようとしたのが「日本酒度」ですが、残念ながらその数値は人間が飲んで甘いか辛いかはまったく表現出来ていません。酒が甘いか辛いかが単純な数値で表せないというのは、まさに人生が甘いか辛いかが収入という数値で表せないのと同じです。

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