名も無き英雄の話

唐突ですが、私はここに石巻市民にとっての英雄を二人、ご紹介したいと思います。



と言っても、一人は自分の名前を出すことを望まず、もう一人は現時点で私はお名前が分かりません。しかし間違いなく、この二人は石巻の英雄です。



今週、あゆみ野クリニックでは看護師2名が同時にコロナに倒れたことは既にご報告しました。11日月曜日から金曜日まで、看護師不在でした。


実は、窓口業務をしている事務員一人も、11日月曜夕方から発熱し、火曜日12日は出勤出来ませんでした。12日火曜日、あゆみ野クリニックには医者の私と、名前だけ事務長である私の相方の二人しかいなかったのです。



私の相方は、そもそも医療畑の勤務経験はありません。私が3月からあゆみ野クリニックの経営を突然自分でやることになり、売り上げもないので、彼・・・正直に書きますが、私と事務長は20年以上人生を共にしているゲイのカップルです・・・に頼み込んで、悪いが急にクリニックを自分で経営しなければならなくなった、金は無いから従業員を充分雇えない、だから肩書きだけ事務長ということにするから、ウチの事務を手伝ってくれと言って、急遽クリニックに入って貰った人です。




それで9月11日月曜日。朝から二人の看護師が同時にコロナで倒れ、出勤出来なくなりました。その日の夕方、窓口業務をしていただいている事務の方が「さっきから寒気がする」と言い出したのです。37度台の熱がありました。すぐコロナの抗原定性検査、皆さんがご自宅でも使うあの検査キットで検査しましたが、それは陰性でした。しかしあのキットは、陽性はほぼ必ずコロナですが、陰性というのはちょくちょく外します。つまり発熱や風邪症状があるのに抗原定性検査しても陰性という人で、正確なPCR検査をするとコロナ陽性でしたという人は、一定の割合存在するのです。



それで私は本人の同意を得て、その事務員にPCR検査をしました。あゆみ野クリニックはPCRも受け付けてはいますが、実際の検査は検査会社に依頼しています。PCRの検査器械は高いし、操作も複雑なのです。だから抗原定性検査はその場で結果が出ますが、PCRは翌日になります。



翌日12日火曜日10時頃、その職員の検査結果が届き、陰性でした。しかし本人に電話したところ、37度台の熱が続き、様々な風邪症状があるので、その日の勤務は無理だという事でした。



2023年9月12日火曜日。私はこの日を一生忘れないでしょう。



この日、あゆみ野クリニックには医者の私となんちゃって事務長の相方の二人しかいなかったのです。



その日のことは、正直よく覚えていません。相方事務長もそうだと言います。二人とも無我夢中だったのです



午後、ある方が来院されました。原クリニック訪問看護ステーションの訪問看護師だそうです。どうしました?と訊いたら、その訪問看護ステーションで訪問看護をしている石巻の患者さんがコロナになった。コロナは看護ステーションが持っているキットで判定したようですが、高熱が出ている。その他にも色々症状がある。それで薬を出してほしいのだが、石巻市内の数カ所のクリニックに頼んだが断られたというのです。



原クリニック訪問看護ステーションというのだから、原クリニックさんがやっているのは無いですかと訊くと、そうです、でも原クリニックは仙台にあるのです、と言うのです。



後でネットで調べると、確かに仙台市青葉区にある原クリニックが訪問看護ステーションを併設していて、そこは石巻市も対象にしているという事が分かりました。



その患者さんは生活保護の方でした。それで私は当院の事務長、つまり私の相方に「生活保護の人は取りっぱぐれは無い。お金は後で行政が清算してくれるので、ともかく受付して薬を出しましょう」と言いました。



じつはウチの相方事務長は55歳で、これまで医療経験は無いのです。それで、一般の保険診療の受け付けは何とか覚えたのですが、生活保護の方の受け付けは未経験でした。何しろその日あゆみ野クリニックにはその相方事務長と私しかおらず、私は私で他の患者の診療に必死だったのです。結局相方事務長は本人の判断で、自分は生活保護の人の受け付け処理が分からないけれど、院長が受けなさいというので、とりあえず初診料と処方箋発行料を実費で戴きます。院長が言うには後で精算出来るそうですとその訪問看護師に言ったそうです。そうしたらその訪問看護師は即座に「分かりました、そうします」と言って、初診料と処方箋発行料をご自分で払ったそうです。



生活保護の方の医療費は全額後から公費で支払われます。御本人の負担はありません。だから技術的なことを言えば、事務長のやり方は間違いでした。しかしその日、あゆみ野クリニックには彼と私しかいなかったのです。私は大きな方針、つまり「とりあえず受けましょう、お金は後からどうにでもなるから」とだけ言って、後は他の患者さんの診療に忙殺されていました。その私の大雑把な指示を受けて、当院の相方事務長が「ではとりあえず実費で、後日精算で良いでしょうか」と言ったのを責めるつもりは私は髪の毛一筋ほどもありません。私が「ともかく受けなさい」と指示したこと受け、相方事務長は自分のとっさの判断で物事を処理したのです。細かいルールを間違えたからと言って彼を責めることはできません。



しかし私が今になって思うのは、その訪問看護師の素晴らしさです。その看護師は、そんなに大きな金額ではないにしろ、数ヶ月後に行政から戻って来るであろう医療費を、ご自分の財布で払ったのです、何も言わずに。



こう言うことが出来る人って、めったにいません。この世の中に、めったにいない人です。この話をお読みになって、「自分だってそうする」という方がおられたとしても、実際その場面に自分がいたら、本当に自分の財布で受け持ち患者さんの医療費を払うでしょうか?



当院の事務長を私が持ち上げるのは差し出がましいことですが、医者の私と彼以外誰もいない、そして彼本人は医療の実務経験はほとんど無いという状況でこの判断をした当院事務長、そしてその医療費をご自分の財布から払ってくださった訪問看護師さん。



この二人は、石巻の英雄です。この二人は私が他の患者さんの診療に忙殺されている間に、二人でとっさに判断して、一人の石巻市民を救いました。当院事務長を私が英雄などというのは誠におこがましいことではありますが、当院事務長と原クリニック訪問看護ステーションに勤務しておられるその訪問看護師は、石巻にとって英雄だと私は言って憚りません。



その訪問看護師の依頼を断った石巻市内のクリニックが数軒あったそうです。そこの医者達を全部合わせても、この二人には遠く及びません。今病(やまい)で苦しんでいる人がいれば、お金は後からでいい、いずれどうにかすれば良い、自分が分からなければとっさの判断でいい。ともかくその人に必要な治療を届けることが、医療人の為すべき事です。医者だろうが事務長だろうが看護師だろうが、本来はそうあるべきですが、現実には私立の医療機関であれば、経営を考えざるを得ません。仙台のクリニックが経営する訪問看護ステーションの患者に、どうしてウチがそういう条件で診療しなければならないんだと考えたのかもしれません。それはある意味正しい判断ではあるでしょうが、この二人がやったことに比べたら、情けないことです。医の本質を外していると私は思います。



当院事務長はあくまで自分の名を出すのを望まず、当日お見えになった訪問看護師さんのお名前は今時点で私は存じ上げないので、お二人とも名前を紹介出来ません。しかし石巻の医療は、こういう名も無き英雄達によって支えられているのです。

https://www.ayumino-clinic.com

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?