詐病

今日、ある精神科では有名な病院から「御本人の希望により、今後この方の診療は貴院にお願いします」という患者が来ました。私は本人には、「私はあなたを治療出来ませんから治療しません。それは、私は内科医だから胃がんを切って治せいないと同様、あなたは治せないという事です」と告げました。



しかし紹介元の精神病院には「この者は詐病であるから治療はお断りします」と返信しました。



その人は、ありとあらゆる、どの領域の専門家が調べても全く原因が分からない、説明が付かない症状を呈していました。あらゆる専門家が「原因不明」と言い、しかし本人は障害者手帳を持っていました。



無論医学は万能では無いので、いくら検査や診察をしてもその患者の病悩の原因が分からないという事はあります。しかし、その反対もあるのです。



人生経験を充分に積んだ医者は、別に検査しなくても「これは詐病だ」と見抜きます。詐病を証明する検査というものはありません。採血して何かの数値が上がり下がりしているからあなたは詐病だ、なんていう検査はないのです。その「自称患者」が詐病かどうかは、まさに医者の人生経験、医者としての人生経験で判断するしかない。検査ではないのです。



私は本人には

「私はあなたを治療出来ません。それは、私が内科医だから胃がんを切って治せないと同様、私はあなたを治せないのです。だからあなたの治療は出来ません」。



と言いました。その患者は困った表情で「では私はどうしたらよいのでしょうか」と言いましたが、私は冷徹に



「私には分かりません。ともかく、私はあなたを治療出来ません」と言い放ちました。



ここから先は想像ですが、その人は最初は何か具合が悪かったのでしょう。しかし「具合が悪い」という事で、その人はなんらかの「疾病利得(しっぺいりとく)」を得たのだと思います。病人だと認定されることで社会から配慮してもらえた。それがその人に、まるで抗精神病薬のように、あるいは覚醒剤のように、麻薬のような効果をもたらしてしまった。「この人は病人なのだ」と社会が受け取ったが故に、その人はそれまでどうにもならなかった生き辛さの一部を解消出来た。



ところが、その経験がその人にとっては負の学習効果になり、その人はその後ずっと「病人」の仮面を被るようになったのです。その仮面はどんどんエスカレートし、精神症状だけでなく身体症状をもおこすようになった。様々な不可解な身体症状が起きたから、その人はありとあらゆる専門病院に受診したが,どの医者も「原因不明」で終わった。



おそらく、その人に関わった医者の多くが「こいつは詐病だ」と気がついてはいたでしょうが、しかし「お前は詐病だ」という診断は、限りなく困難です。本人が嘘をついているという事を証明することは難しい。



そうして20年の時が流れるうち、その人が被っていたはずの仮面は次第に本人の皮膚や肉に食いつき、離れがたくなってしまった。もはや仮面を脱ごうとしても、脱げないのです。仮面は癌になりました。



自分が作って被った仮面が精神の癌になり、自分のこころと切り離すことが出来なくなった。つまり癌で言えば「根治手術は不可能」となったわけです。



しかし、癌と違い、これは要するに、自業自得です。自分が被って疾病利得を受けていた仮面がいつしか自分で剥がせなくなり、血肉とくっつき、自らの精神、人格に浸潤し始めた。



癌で言えば第四期、治癒不能です。



病気の仮面を被ると、いつしか治癒不能になるということは、よく覚えておきなさい。

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