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政治・経済・つまみ食い

*現代社会で、多くの人が気づかないまま当然のこととして暮らしているが、人類の歴史を俯瞰したとき、じつに奇妙なことがおきている。
*それは、私たち資本主義国で暮らす圧倒的多数の人が、生きていくために必要な財を自分では確保できず、雇用され、賃金を得ない限り、生きのこれないということだ。
*中世においては農奴ですら、自らの零細地の所有者だったが、長い歴史を通じて農民に権力として許されていた私的所有を壊したのが資本主義であり、犯罪者でもなければ侵されることのない私的所有が農民たちから大量に失われ、自分の生活を自分の責任で営なむ最低条件を奪ったのが資本主義だった(マルクス)。
*現代に生きる都市生活者の生活は商品市場に依存しており、自給自足で暮らす可能性を奪われた生活者は中世の農民より私有財産を奪われた無産階級なのかもしれない。
*マルクスは近代でこの危機を考察し、資本主義の虚構を指摘した最大の理論家だが、しかしマルクスは、私的所有の剥奪が資本主義による巨大な生産力の拡大と結びついていることにのみ関心を集中させ、私的所有そのものの重要性よりは、むしろ土地所有者や資本家が自らの私的所有により富の拡大を企てている問題に関心を寄せた。
*資本主義は、金を媒介にして生活することを絶対化し、金を得られる道を確保できなければ生きのこれないという危機の中で生きることを強いるシステムなのだが、よく考えるとこのシステムなかなかえぐい。
*例えば、いま原発施設で雇用されている人は、個人的には原発が危険だと思っても、それを表明すると解雇される危険があるため、自分の生活を安定させるため、原発に賛成せざるを得ない。
*このように、賃労働者が圧倒的割合を占める現代社会において、政治的意見の表明は、経済的利害の従属物になりかねない。
*そしてそのような状況下で「投票」するということは、自ら進んで問題を吟味する主体になるのではなく、現存する支配的意見の中で、何を選べば自分の生存に有利かという利害選択になりかねない。
*すると現代の代議制民主主義は、自分の生活利害にとってどのような政党がそれを保障してくれるかをめぐる選択に過ぎず、だとすれば、現代人は経済的利害の支配者の言動から距離を取り、権力に従属することなく、自ら考え判断するという最も根本的な私的所有を奪われているのではないか。
*選挙権の拡大は、富める者による貧しい者の支配を正当化するため、歴史的に私有財産の多寡に応じ決められてきた制度である。
*選挙の時にだけ頭を下げ、結果がでると同時に民衆が政治過程から排除され、上からの中央集権的な管理行政で具体的な物事を決める現代の民主主義の目的は、階級構造の維持しかない。
*国民に普通選挙権が認められ、建前として国民主権が認められている現代社会において、私的所有の確保が危うくなっている状況を、古代ギリシアの「公的」なものと「私的」なものの根源から説明し、近代になって「社会」なるものが勃興することにより「政治」が曖昧にされ、消滅していった過程を論じる『人間の条件』(アーレント)に衝撃をうけた。
*「政治」という言葉から「経済」との密接不可分な結合をあまりにも自明に、当たり前のものとして想定し、経済発展を基礎に社会福祉を「政治課題」として積極的に展開し、行政処置で絵に描いた餅のように利益配分を合意する現代の政治には全体主義の芽がある。
*マルクスは労働による生産性の増大により、まるで人びとが「必然の国」から「自由の国」に向かうようにユートピア的に夢想していたが、暴力の正当性を担保に据えたマルクス主義の帰結は20世紀の「恐怖の国」だった。
*本質的に隷属的である労働を人間の本質とみなすなら、万人労働体制が万人隷属体制におちつくのは、人間存在の必然である。
*「今日はこれをし、明日はあれをし、朝は狩をし、午後は釣りをし、夕べには家畜を育て、夕食後には批判をする」という文章を残したマルクスは、労働者が解放された共産主義では、労働がまるで趣味のようになることを幼稚に夢想していたが、アーレントによると政治は労働からの解放により「始まる」のである。
*人間らしさの真の問題は、社会問題解決の「後に始まる」のだが、マルクスは人間を政治的動物(アリストテレス)ではなく、労働する動物としてしか規定していなかった。
*「働かざる者食うべからず」マルクス以降、労働を不当に尊重し、労働が賛美される世の中になり、社会問題の解決が人間生活の全てであるかのような迷妄が支配し、人間は活動することを失った。
*古代ギリシアにおいて「政治に参加すること」は、生活の必然から解放された人にのみ許されることであったが、それ対し、現代の政治参加=民主主義は、逆に生活の安定や富の獲得のための手段となってしまっているため、もはや政治が人間の自由な協力に関わる営みではなくなってしまったのだ。

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