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小さな手から大きな勇気

────エッセイ

月曜日の朝、犬の散歩をしていると困った様子で電話をしているスーツ姿の女性とすれ違った。

その少し先に真新しいランドセルを背負った男の子が泣きそうな顔で立っている。きっと女性はその子のお母さんで、男の子は学校に行くのを渋っているのだろう。学校までは距離があるから、嫌がる子を連れながら歩くには時間がかかる。時計は8:15、出勤前の貴重な時間を1分でも無駄にしたくないはずだ。

「動こうとしないのよ ──」

耳に入ってきた会話の先は旦那さんだろうか。気になって暫し様子をうかがっていたが、しばらくすると男の子はお母さんに手を引かれて歩き出した。その後ろ姿に10年前の自分たちを重ね、上の子が一年生のときのことを思い出した。

登校初日から上の子は学校に行くのを嫌がった。黄色い帽子をかぶって家を出るまではいいのだけど、校門が見えると泣き出してまう。手を引けば、門の前まではいけるけど絶対に手を離そうとしない。どうしたものかと立ち尽くしているとヒソヒソ声が耳に入った。

「おまえが行けよ」
「次はオレが行くって言ってたじゃない」

声の主は、6年生の生徒たちだった。あとで知ったことだけど、ひとりで教室まで行けない1年生に6年生が付き添うのが伝統らしい。毎朝、数人の6年生が正門の前で待っていてくれた。

登校初日、そんなことは知る由もなかったけれど、6年生の姿がどれほど頼もしかったか。なにより、6年生たちの仲がよい雰囲気にどれほど安心したことか。この学校なら大丈夫かもしれないと、子どもと同じくらい不安な親たちに、どれほどの勇気を与えてくれたことか。

一呼吸おいて、ひとりの6年生が上の子に手を差し伸べてくれた。少し恥ずかしそうに、「行こうよ」と言ってくれた。泣きじゃくる上の子が握りしめる手をほどいて背中を押した。6年生に手をひかれ、正門の先にトボトボと進む後ろ姿をじっと見ていた。

次の日も次の日も、上の子は校門の前で泣いて立ちすくんだ。そのたびに6年生が手を引きながら教室まで連れて行ってくれた。二週間もすると、上の子はひとりで学校に行けるようになった。

あのとき手をひいてくれた6年生は、10年前のことを覚えてないかもしれない。あのときはありがとうと伝えたら、先生に言われてやっただけですよ、と言うかもしれない。でも、あのシーンをずっと忘れられない大人がいるんです。当時12歳になろうとしてた6年生たちも今年で22歳。この4月に社会人1年生になってるのかもと想像してるおじさんがいるんです。

そんな彼らが大きな不安に泣きそうなとき、手を差し伸べてくれる人が側にいてくれますように。新生活、頑張って。名前も知らないあなたたちを応援しています。


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