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文字色と声色

────エッセイ

声のニュアンスを表す「声色」という言葉があるように、文章にも色があると思う。ひとことであらわすならば、「文字色」とでも言うべきか。その人の性格や人柄が、文字色となって文章からにじみ出る。

エッセイのように日常が垣間見える文章はもちろん、小説のような創作物にも書き手の人柄を感じることができる。写真に添えられた短い文章にだってその人らしさが出る。noteで言えば、記事につけるハッシュタグにさえ「らしさ」を感じる。

何度もその人の文章を読み、その世界に浸ることで見えてくるものがある。それは、感情の揺れや心の奥にある願いや夢、そして恐れや不安なども。

文章はその人の心の奥につながる細い糸のようなもので、その糸をたどるとだんだん文字色が濃くなっていく。文字色は、その人が普段どんな感じで生活しているか、どんな思いで生きているのかを映し出す鏡みたいだ。

インターネットのおかげで、遠い異国の文字色が見えるようになった。正確な場所は分からないが、豊かな自然の中で育まれた文字色も見ることもできる。noteの文章に触れるたびに、見知らぬ土地を旅してる気分になる。

これまで何人か、noteつながりで会った人がいる。直接会ったこともあれば、Zoomの画面越しに声を聞くこともあった。とても楽しい時間なのだが、残念なことがひとつだけある。それは、文字色が見えづらくなることだ。

文字色は線香花火のようにささやかに光っている。それに比べ、声色は文字色よりもはるかに強い。その人の声を聞いた瞬間、声色が文字色を覆い隠してしまう。一度会った人の文章を読むとき、脳内ではその人の声色で再生されるようになる。

声には感情やニュアンスを直接伝える力があるから、文章よりもダイレクトに心に響く。だから声色は文字色よりも強い。でも、その強さゆえに繊細な文字色を消してしまう。だからこそ文字色が見える瞬間は特別なのだと思う。音のない世界で、純粋に文章だけでその人を感じ取る。それは読み手の勝手な解釈で見当違いなこともあるかもしれない。

でも、強引に引けばすぐに切れる細い糸も、相手のことを慮りながら手繰り寄せれば簡単には切れない。文字色で繋がった世界では、急に近づくことはできないが、一瞬で関係性が切れることもない。そんなインターネットならではの繋がりを、これからも大切にしていければな、と思う。


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