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川のたまりのように

先週投稿した「祖母のこころ孫知らず」を下書きに戻しました。マガジンに登録してくれた方もいたのにごめんなさい。

思い出部分と現在進行形のできごとを書いたエッセイ。少しプライベートなことを書きすぎたかな、と思ってしまいまして……。いつも読んでくれる方、偶然見てくれた方、先週の投稿を読んでいただきありがとうございました。



.エッセイ

SNSの偶然性が好きです。「しずかなインターネット」というサービスがありますよね。拡散性をなくして、もしかしたら誰かに読まれるかもしれないという偶然性に重きを置いているのが特徴です。例えるなら、静かな湖畔でひとりごとを言う感じでしょうか。

それはとても素敵なことだけど、個人的にはもう少しだけ反応が欲しい気がします。ビッグウェーブに乗りたいとは思わないけど、かすかな流れというか動きというか、静かな反応がある場所が心地よい気がします。例えるなら、川のたまり場のような場所です。

川上から川下へ、遠目には同じ方向に見える川の流れも近くに寄れば複雑です。早く、そして力強く流れる本流もあれば、そこから葉脈のように流れる支流もある。そして、そこだけがゆっくりと時間が流れているような水のたまり場もあります。

そんな場所が心地よいな、と感じます。太く大きな流れのTLから少し外れた場所で流れるゆったりとした時間。いくつもの偶然を重ねた木の葉たちが近づく場所。そこでクルクルと気持ちよさそうに留まる木の葉もあれば、本流に帰っていく木の葉もある。そんな自由な場所に文章を置いておきたい。メジャーな方向に勢いよく流れるnoteの中にも、そういう場所はまだまだあると思うので。


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