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初めてプロになった日 #わたしの食のレガーレ

初めてのアルバイトはファーストフードのキッチン担当だった。学校に行く途中のターミナル駅にあるハンバーガー店。当時の時給はたしか800円。

一人しか入れない狭い更衣室でユニフォームに着替える。紙製のクリーンキャップを頭に着けるとあっという間にバイトクルーの完成だ。鏡に映る自分が別人のように見えた。

店長からシフトの入り方や基本的な店舗のルールをレクチャーされて15分。ベテランの先輩に連れられドアを開けると、そこは小さい頃から通っていたお店の見たことがない裏側。コンパクトな空間にグリル、フライヤー、調味料のディスペンサーがところ狭しと機能的に並べてあるキッチン。

まず手を洗い、先輩達に挨拶した後すぐさまキッチンへ。先輩は優しく手順を教えてくれて、三分後にはホカホカのハンバーガーが出来上がった。

「よし、出来上がったらトレーをカウンターに置いて、バーグ・シックス・プリーズって言うんだ」
呪文のような言葉を復唱すると六個のハンバーガーがフロントの女の子の手によって、瞬く間にラッピングされていく。

『えっ、バイト初めて30分も経っていない素人の食べ物をお客様に出しちゃうの??』
驚きが隠せなかった。更にその二分後、ぼくが作ったハンバーガーがお客様に買われてカウンターから消えた。もう、驚きを通り越して『いいのかな?』という気持ち。その日は先輩に一つ一つ丁寧に基本メニューを教わり四時間の勤務。3200円の生まれて初めてのバイト代を稼いだ。

シフト二日目は、平日の午前11時スタート。
初めて会うクルーに挨拶をする。バイトリーダーの高橋さんが「今日は最強メンバーだから昼の新記録作るよ!」と気合いを入れた。高橋さんはフロント(レジ)とキッチンの間に立つコーディネーター、お店の司令塔だ。

11:30になると「しばらくポテト二層で全開ね」と声がかかる。意味が分からずグリルの先輩に質問した。
「ポテトを二層で揚げ続けるってことだよ」

二層で揚げたらSサイズのポテトが30個以上出来ちゃうけど?? 不思議に思いながらフライヤーに冷凍ポテトを突っ込む。

それからお店が鉄火場になるまであっという間だった。オーダーが飛び交うフロント。揚げたポテトが5個、10個と消えていく。グリルにミートパテが12枚一気に焼かれる。『えっ、マニュアルには一度に六枚までって聞いたけど?』困惑してる暇はない。レジ前のお客さんの列は伸びる一方。レジクルーの動きも初日の時とは大違い。全てのメンバーが二倍速で話し、動く。ぼくだけ0.5倍速でポテトを上げるのに必死だ。

「カツサンド スリー!!」
高橋さんがぼくに向かって言った。カツサンド??そのメニューは作り方を教わっていない。カツがどこにあるかも分からない。動きが止まったぼくを見かねて高橋さんがキッチンスペースに入ってきた。
「カツサンド スリーだってば!」
「いえ…、作り方知らなくて…」

「あんたプロでしょ? ちゃんとやって!!」


理不尽オブ理不尽。普段、あまり怒らないぼくもカチンっときた。教わってないのにどうしろというのだ??

そこからは、高橋さんがフライヤーとコーディネーターを同時にこなす荒技をやってのける。ぼくはただポテトを揚げるだけで精一杯だった。

怒涛の二時間が過ぎ、ようやく休憩時間になった。狭い事務所のパイプ椅子にドカッと座る。20分の休憩中にお昼を食べなきゃいけないが足に力が入らない。

程なくして事務所に高橋さんが入ってきた。同じ時間の休憩とは、なんてバツが悪いんだ。グタッとした体を起こし、まずは謝る。

「先ほどはすみませんでした…」

一瞬キョトンとして、あぁという顔をする。
「ごめんねぇ、大声出して。お店に立つとスイッチ入っちゃうんだ」
ペロっと舌を出す。さっきの鬼の形相からは想像出来ない優しいお母さんの顔に戻っていた。高橋さんは、一人息子の長男さんが大学入学を機にバイトを始めた10年のベテラン。「もうすぐ五十路よ」と笑った。

「息子が大学に入るまでは専業主婦で一生懸命家のことをやって、それはそれで楽しかったけどね。ここで働き始めて人生変わったの。」

さっきとは別人のように穏やかな顔で話す。

「自分が作ったものをお金を出して買ってくれる人がいて、美味しいって言ってくれるんだよ? すごいよね?」

すごいっすよね、と生返事をしてしまったのは今でも悔やんでいる。

「わたしプロって言葉が好きなの。だからプロの自覚がない人見るとカチンときちゃうんだ。だって、お金もらってハンバーガー出してるんだよ。美味しくなかったら詐欺だよね」

詐欺かぁ…、その時は大袈裟だなと思ったけど今は違う。

「まかないまだだよね、ちょっと待って。わたしの無料券あげるから。」
事務所の扉を少し開けキッチンの先輩を呼んだ。
「エビバーガーにトンカツソースを3滴ね」

数分後、僕の目の前にメニューには載っていない、オリジナルバーガーが運ばれて来た。揚げたてのエビカツにタルタル、そこに隠し味のソースが口の中を幸せ一杯にする。

「ね、美味しいでしょ? プロが作ったものは飛び切り美味しいの」

ぼくは、食ではなくデザインのプロだ。でも、高橋さんの言葉は業界に関係ないプロの矜持だと思っている。初めての依頼先、初めてのジャンルの仕事でも言い訳しちゃいけない。現場に立つ以上、たとえそれが初日でも気持ちの上ではプロフェッショナルであるべきだ。

スマイルはゼロ円かもしれないけど、プロの想いには値段がのっている。ファーストフードのハンバーガーが不味いと感じたなら、それはただのバイトが作ったものだ。プロが作ったハンバーガーは130円でも美味しい。例えマニュアル通りに作られていても、美味しく食べて欲しいと思うプロの気持ちはお客様に届く。事務所で食べたエビバーガーが、それを教えてくれた。

高橋さんが教えてくれた大事なこと、今も胸に刻んで仕事をしています。10代だった若造が、今は当時の高橋さんと同い年になりました。今なら自信を持って言えます。

ぼくもプロという言葉が大好きです


………

#わたしの食のレガーレ 」コンテスト応募作品です。

今、様々なジャンルのプロが苦しい状況です。プロとはお金をもらってその対価を提供する人のこと。全ての働く人と言っていい。

仕事がなくて明日が見えないプロがいる。
毎日神経をすり減らして現場に立ち続けなくてはいけないプロもいる。

プロが研鑽した技術は宝だと思います。ジャンルを超えて刺激し合えるのがプロだと思います。お客様を笑顔にするのがプロの努めだと思います。
その努力をおしみなく続けられる日々が戻ることを心から願います。



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