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おかえりモネ・菅モネ唯一の喧嘩編

朝の連続テレビ小説・おかえりモネ。
主人公・百音と医師・菅波光太朗。
2人は本当に仲が良い。
出会った当初こそギクシャクしていたが徐々に関係は進展していき登米ではお互いに盤石の信頼関係を築いた。東京に移ってからも関係を発展させ互いに深く思いやり理解しあうようになった。
しかしそんな2人だが一度だけ互いの感情をぶつけあった事がある。
第6週「大人たちの青春」29回・30回
後へ大きな影響を残し、とても好きなエピソードであるこの事について書いてみたい。

2015年の冬、百音と菅波は出会って10カ月くらい経っていた。
登米に暮らす百音は気象と気象予報士に興味を持ち、仕事が終わったあとに菅波の協力を得ながら予報士試験合格を目指して勉強をしていた。
出会った当初はぎこちなかった2人も日々の交流を重ね周りからも仲の良い2人と思われ、試験の勉強中に質問に答えらなくて注意された百音が「先生は挫折とかしたことなさそうですもん」などと軽口をたたくくらい言い合える仲になっていた。

菅波の勤める診療所に田中という患者が通院していた。
田中は末期のがん患者で、すでに人生を諦め積極的な治療をせずに痛み止めだけを求めていた。その後病状が進行し通院も難しくなり在宅医療を行っていたが、菅波は在宅医療には難色を示し関わろうとはしていなかった。

田中は百音の両親の古い知人で百音とも親しくおり、百音は会話の中から田中が心の中ではまだ諦めきれずもう少し生きたいと思っていることに気付いた。
思い余った百音は菅波に相談するが、菅波は自分より知識も技術もある別の医師に相談するよう突き放す。
百音は
「先生だって知識も技術も資格もあるじゃないですか。先生だったら田中さんを助けられるのに」
と問いかけたが菅波は
「助けられるならやっています!」
「今の知識や技術では田中さんを助けられない。絶対に助けられないと僕は分かっているし、向こうも分かっている」
「そういう相手の内面に心情に無理やり飛び込んでいくことがどういうことか分かりますか?」
「僕が挫折したことないと言いましたよね」
大声で怒鳴るように言い百音の前から去るのだった。悲痛な表情を残して。


この頃の百音は台詞を見ても分かるように、菅波の事も医師という職業という事も深くは考えていなかったのだろう。ただ無邪気に自分には絶対届かない医師免許を持つ医師は凄い。医師だったら大抵の病気や怪我なら治せると。
もちろん医学も医師も万能では無いし、死と常に隣り合わせの職業だ。治療できれば良いが、出来ない場合患者本人は当然としてその家族にも強い影響を与えてしまう。
まして当時の菅波はまだ医大を卒業して4年程度。医者としては駆け出しの新人にけがは言えた程度。
そんな菅波に投げかけた無邪気な言葉がどんな意味があるかも分かっていなかった。
そして思いがけない菅波の反応。
今までの時々無神経できつい言葉はあるけど優しく親切に勉強を教えてくれる先生。
そんな先生の涙をするような悲痛な激高。
初めて自分の発した言葉が相手を傷つける物だと気付いた。
大きな後悔。

百音は目に一杯の涙をためながら見送るしかなかった。

一方立ち去った菅波は百音の期待に応えられず、患者を助けることが出来ない自分の無力さ情けなさに憤りを感じるのだった。


いつも2人で勉強をしているカフェで1人残る百音のもとに心配したサヤカが訪ね語りかけるのだった。

「若いあんたから見ると余裕綽綽で生きているように見える立派な大人のもね、本当はじたばたもがきながら生きているの。案外傷ついているし必死なのよ」

この物語は終始大人世代から子供世代へのメッセージが込められている。
百音たち子供世代に対して、百音の親世代、サヤカら祖父母世代の大人たちが。
子供たちには好きな事を自由に楽しく生きて欲しいと。
その為に自分たち大人も頑張ると。
私の年齢は百音の親世代の近い。サヤカの言う通りじたばたしているし、何かをやれば傷付く。この言葉はベテラン世代から今世の中の中心で頑張っている世代への応援のように思え強く心に残っている言葉だ。

翌日百音は田中の家に身の回りの世話に行っていた。
そこに菅波が訪れた。

菅波はおもむろに話し出す。
東京と登米の往復にうんざりする時もあれば、無性に登米に来たくなる時もある。どっちが本心か自分でも分からないし本心などあって無いようなものだと。毎日言っている事が変わっていい、人間の気持ちなどそんな物だと。
そして
「一日でも長く生きたいと思う日をあれば、もう終わりにしたいと思う日もある。当然です。ただもし毎日考えが変わるのなら固定観念や意地、罪悪感の為に結論を急ぐようなことは止めて、本当に自分がそうしたと思った方向へ進路を変えられるように、結論を先延ばしに出来る、迷う為の時間を作る治療を続けておきませんか?」
と語りかけるのだった。
笑顔もなく淡々とした口調だが、裏に優しさと誠実さ、田中を想う真剣な気持ちが溢れていた。
田中も菅波の話に心を動かされ
「もう少し頑張ってみるか」
と積極的治療をすることを決めるのだった。

百音は前日の気まずさから裏に隠れて聞いていた。

自分が傷つくことになる恐れもあるのに田中の為に動いてくれた菅波。
嬉しかっただろう。
医師・先生ではなく、菅波という人間の優しさと誠実さを知ったのではないだろうか。


翌週登米に戻ってきた菅波。
2人は再会し不器用に謝罪し仲直りする。お互い自分が悪かったと。

田中の診察に礼を言う百音。
治療方針が変わっただけだと自分が動いたことなどおくびにも出さない菅波。
ただ少し本音を語りだす。
「僕は患者の望みより自分の治したいという欲を優先させてしまう。本質的には患者の事を考えていない。患者の気持ちや生活を丸ごと診る訪問診療には向いていません」

百音は以前気象予報士試験前に菅波から送られたメールを出しながら
「確かに。先生のこういうところすごく自分勝手って感じがします。送られて方の気持ちを分かって無いというか。長文だし、しかも全部正論だし。正論だけど私には出来ない事ばかり書いてあるからめちゃくちゃ腹が立ちます」
絶句する菅波に
「でも分かりますから。先生は私の為を思って一生懸命考えてくれている。だから先生が患者さんの事を考えていないというのは違うと思います」
と続けた。

理屈っぽく他人との間に距離を置いている菅波。
しかしその本質には他人の事を思いやり考えられる優しさと誠実さがあることを知った百音。そんな百音に自分に欠けていると思っていた事を肯定された菅波。
数年後菅波は「登米に行って、百音に会って自分が少し変わったと思っている」と話したが、まさにこの時から変わり始めたと思う。
患者と接するのが苦手だと自覚していた菅波だが、以降訪問診療に足を踏み入れ、地域医療に目覚めていく。
2人の関係も変わっていく。
今までは仲の良い家庭教師と生徒のような関係。仲は良いものの相手の内面や本質まで深く関わるような関係ではなかった。
しかしこれ以降内面的、精神的なつながりが徐々に強くなっていく。
お互いを深く信頼し理解しあえる関係になっていく。

きっかけは2人唯一の喧嘩だった。

百音の幼い無邪気さと菅波の頑なさ。
それらがぶつかることで生まれた化学反応。

物語全体の1/4でのエピソードだが、後への影響は計り知れない。
数年後には恋人同士に、そしておそらく夫婦になるであろう2人にとってのキューピットは60歳すぎにおじさんだった。おそらくこのキューピットは2人のお陰で後悔の無い死を迎えられたと信じたい。

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