【800字怪談】私の未来

 姉と二人だった。旅館の隅にある小さな娯楽コーナー。ぼくはゲーセン通いに熱心な子供ではなかった。けれど身を寄せ合うように並ぶゲーム機が、どれもかなり時代遅れなことは一目で分かった。姉が手招きしている。「あなたにぴったりの仕事がわかります!」手書きの貼紙のついた筐体の前。姉の横に腰かけ、ぼくは画面を覗いた。「啓くんが先にやりな」そう言って姉はコインを入れてくれる。質問はどれも難しい言葉だった。姉が易しく言い直してくれ、ぼくが答えると姉はうなずいて選択肢を選んでいく。軽快だった音楽が不安を煽るような低い音に変わる。
「あなたに最もふさわしい職業は『陶芸家』です」姉は画面の答えを読み上げた。
 ぼくがぽかんとしていると「お皿とかお茶碗つくる人のことだよ」とおしえてくれる。Jリーガーになりたかったぼくはがっかりして、姉が自分の診断を始めるのをぼんやり見ていた。初めは質問の意味を説明してくれた姉もしだいに無口になり、真剣な顔で画面に向かっている。ぼくは退屈してだんだん眠たくなった。そこにピアノを二階から落としたようなひどい音が聞こえて一気に目が醒めた。
 姉は真っ青な顔で手元を凝視していた。赤いボタンを虫をひねり潰すように何度も押し込んでいる。だが画面に変化はなく結果の表示画面が陰鬱なBGMとともに続いていた。
「なんなんだよ殺人鬼って……大体それって職業じゃねえだろふざけんじゃねえよ……」
 姉の乱暴な言葉遣いを聞くのは初めてだった。ぼくは心細くて涙をぽろぽろとこぼした。
 高校生のとき姉にこの話をしたら「啓くん、小さい頃よく夢でうなされてたからねえ」と一笑に付された。もちろん記憶にもないし、そんなゲーム機があるはずないでしょうと言われる。それを聞いてぼくもようやく長年の胸のつかえが下りたような気がしたのだった。
 翌朝食事に下りてこない姉を起こしにいくと、窓枠にタオルで首を吊っていた。


(ビーケーワン怪談大賞投稿作、2008年)

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