【800字怪談】薫

 夏休みだった。市民プールで仲良くなった薫という子の家に、私は毎日のように遊びに通っていた。けれど家族の誰とも顔を合わせなかったし、声を聞くこともなかった。
「お兄ちゃんとお姉ちゃんとお母さんと、寝たきりだけどお祖父ちゃんも」ゲームの画面から顔も上げず薫はいった。「全員うちにいるよ。ああ駄目だ! はい智ちゃんの番」
 私は耳をすませた。近くの県道を使う大型車のクラクションが長く尾を引いていく。家の中には物音も人の気配も感じられなかった。
「みんな二階にいるの?」私は木目の浮いた天井を指さして訊ねた。
「あのねえ、お祖父ちゃんは別だけど」薫はばつが悪そうな顔になる。「天井裏だから」
 私はびっくりした。天井裏って狭くてねずみとか、蜘蛛が巣を作っている所のはず。
「どうせずっと寝てるんだからちょうどいいのよって。お母さんがいってた」
 それ以上訊いては悪い気がして話題を替えてしまったけれど、気になった私は帰りに歩道から家を見上げてみた。庭木の枝葉が目隠しになってわずかに見える二階の窓は、割れたガラスを内側からベニヤ板でふさいである。
「あそこにおじいさんがいるのか」私は一階との境目あたりの壁をじっと見つめた。斜めに陽のあたる白い壁にこまかな影が浮き上がり、それがよく見ると人の顔のように見える。老人の顔だ。私は近くで確かめようと庭石の上に引き返しかけた。すると玄関脇の小窓がうすく開いているのに気づき、そこから薫が困ったような顔でこちらを見ていた。私はなぜか無性に腹が立って、そのまま何もいわず自転車にまたがると家に帰ってきた。
 廃屋の天井裏から人骨が出たという話を母に聞いたのはつい最近のことだ。もしやと思い帰郷した折現場を見にいったけれど、すでに家屋は解体され一面更地になっていた。近所の様子も大きく変ったし、そこが薫の家のあった場所なのかもう私には分からなかった。


(ビーケーワン怪談大賞投稿作、2009年)

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