【800字怪談】青い花

 あたしと弟は花屋を始めることにしました。
 捨ててきた故郷の町にも花屋はあったし、魚の死骸と貝殻の粉の臭いがしみついたぼろ小屋を片付け、どんなふうに花を並べればいいかあたしは心得ていたのです。けれど肝心の花をどこで集めればいいか分からない。あんな色鮮やかに見栄えのする花は、神社の裏や線路沿いを一日歩き続けても見つかりません。この厄介な仕事の責任を弟に押し付けると、あたしは独り占めした毛布にくるまり毎日気だるく小屋で待つようになりました。
 「おまえは阿呆か。こんな薄汚い雑草、いったい誰が買いに来ると思う」あたしは弟が足を棒にして摘んできたかわいらしい花の束を、その柔らかい髪に投げつけて罵ります。「おまえがそれだけ薄のろだから、いつまでも花屋が始まらない。もう食べ物購(か)う金もないのにどうするつもり? 姉ちゃんのご飯にお前の尻っぺたでも齧らせるか? ええ?」
 罰として下着まで毟(むし)られた弟は、あたしに説教されるままにうつむいて非道く震えていました。毛布に耳まで埋もれていても染み透る寒さです。弟から奪った服さえ重ね着しているのに、あたしは歯の根が合わないのです。裸の彼の辛さはいかばかりでしょう。そう思うとあたしは弟が可哀想でならず、背を向けて密かに嗚咽をこらえるのでした。泣きたいのに泣けない気持ちよさに頭がぼうっとして、気がつくと屋根で烏が鳴いています。弟は生まれる前の子のように床に丸くなり、すでに少しも震えてはいませんでした。あとひと月で十三になるはずだった早春のことです。
 その晩からあたしは顔見知りの男を客に取り始め、すると嘘のように簡単にぬくい寝床や、甘いお菓子を手に入れることになります。ある日、小屋の裏手に見たことない真っ青な蕾が膨らんでいるのを見ました。恰度(ちょうど)弟を埋めた辺りの草むらです。成程花はこうして作るのかと知ったけれど、今さら用もない。毟ると蕾は僅かに栗の花と似た香がしました。


(初出:ポプラビーチ「週刊てのひら怪談」)

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