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野間易通さんらによる歴史修正主義者ぶり

東日本大震災と自由民主党の国会対策に対する歴史改竄

 東日本大震災発生の際の菅直人内閣と野党であった自由民主党の対応については、菅野完さんも東日本大震災という災害時に与党の足を引っ張ったことを評価するという方向で触れていましたが、野間易通さんもまた意見の方向性は別として、事実関係については同様の見解をお持ちのようです。

そういえば、東日本大震災のときも、菅直人はじめ民主党政権の奮闘に対して、ひたすら足を引っ張っていたのが自民党でした。

@kdxn

 ただ、東日本大震災発生時点ですでに菅直人内閣そのものがレームダック化しており、一刻も早く退陣すべきであると考えていた私からすれば、菅野完さんや野間易通さんの事実関係の認識は大いに異なります。東日本大震災の対応で防災服に身を包んで必死に対応する内閣総理大臣の姿は内閣支持率にいい意味で影響するでしょうし、現実にも「寝ろ枝野」などと枝野幸男内閣官房長官が寝ずに対応しているであろうことを好意的に扱うポストがXでしばしば見られました。そのような未来を想像していた私は、東日本大震災が結果として菅直人内閣の延命に繋がるのではないかと感じていました。
 その中で菅降ろしのため動いていた自由民主党もまた東日本大震災への対応のために方向性を変えることを余儀なくされました。政局となっていた菅降ろしを一時取りやめて長らく与党として政策に携わった経験を活かして菅直人内閣を支える方向に舵を取ったのです。

 3月11日の朝は、他の自民党幹部と「もうあと一歩だな。頑張ろうぜ」という話をしていたんです。地震が起きたのは、その後でした。大津波が東北の沿岸部を襲う映像を見て、「これはもうけんかをしている場合じゃない」と思いました。
 あのとき、私が「自民党ってすごいな」と感じたのは、党所属議員がみんな党本部に集まってきて、必要な対応について議論を始め、その内容をメモにしていったことです。そうやって考えたことは、けんかに使うのではなくて、彼ら(政府・与党)に使ってもらえたらいい。こういうときは協力してやっていかないと、どうにもならないですから。
 《菅さんはその後、震災復興を大義名分に、谷垣さんに副総理兼震災復興担当相としての入閣を要請。野党首脳を閣内に取り込むことで、事実上の「大連立政権」樹立を狙った。加藤紘一元自民党幹事長やマスコミ関係者を通じて秋波を送ってきたこともあった。違和感を覚えた谷垣さんは打診を拒否した》
 これは大連立を組まないとだめかなという議論はいろんなところであったし、私自身も「正式に申し込まれたら受けざるを得ない」という考えが基本にありました。この震災に関しては当然、協力できることは協力しなきゃだめだと思っていたからです。大事なのは、そのためにどんな手順を踏むかだと考えていました。大島さんら党幹部とも、そういう話をしました。
 だけど、菅さんの持っていき方に「そうじゃないんじゃないか」と感じたのです。不信感や不透明感が常に漂っていて、彼の周辺から何となく「これで自分の起死回生があり得る」というにおいを感じました。基本的な信頼感がなかったんでしょう。それまで菅さんとほとんど接点がなかったのもよくなかったのかもしれません。
 一方で、後に野田佳彦元首相とは(民主、自民、公明各党による「社会保障と税の一体改革」の)3党合意をまとめたわけですが、あのときは野田さんと直接的にも間接的にも相当話をした上で「彼は本気で信頼できるな」と感じたのです。あんまり簡単に仮定の話をしちゃいけないけれど、大連立構想も相手が野田さんだったら、実現していたかもしれませんね。(聞き手 豊田真由美)

産経新聞「谷垣禎一(18)幻に終わった大連立構想」

 ただ、菅野完さんや野間易通さんの歪んだ目から見れば、自由民主党が東日本大震災の対応に忙殺される菅直人内閣の足を引っ張ったというように認識されるようです。お二人に非常に好意的な見方をすれば、自由民主党が入閣を断ったことを足を引っ張ったと感じたのかもしれませんが、大連立構想自体が菅直人内閣総理大臣が政局とすべく仕掛けたものであることが明らかですから、大連立構想を断ったことが足を引っ張ったことにあたるはずもなく、お二人の見解はまさに歴史を改竄したという意味で歴史修正主義者と批判されるべきものであると私は考えます。