第1話:バイト先に取り残される

今日はバイト先で突然一人ぼっちになった話をしようと思う。

僕は22歳・大学4年生の12月、東京神田のビアバーでバイトをしていた。

バーで働く大学生。

なんともステキな肩書である。

この言葉だけ見れば、
明るめな茶髪の毛先を盛大に遊ばせ、
白シャツに黒のベスト、
ややタイトな黒いパンツに
ツヤのある革靴を身にまとった、

笑顔がステキな爽やかイケメン

を想像した方も多いのではないだろうか。

しかしながら、

実際には
坊主頭がちょっと伸びた程度の短髪に
よれよれのセーターとジーパン、
スニーカーというかなりラフな出で立ちの

ぽっちゃり系ブ男

がこの文章を書いていることを
あらかじめご了承いただきたい。

爽やかなイメージを膨らませていた
皆様には申し訳ないが、

一言だけ言わせていただこう。

世の中、そんなに甘くないのである。

話を戻そう。

前述のビアバーでのバイトは諸事情により、12月から3月までの4カ月間限定のバイトだった。

しかも基本シフトは週一。
単純計算で一月4週×4ヶ月だとしたら16回しか勤務しないことになる。

もはや
「バイト」と言うよりも
「お手伝い」と言ったほうが
正しいかもしれない。

ビアバーのお手伝いをする
ベリーショートヘアーの
ぽっちゃり系ブ男である。

もう1ミリも爽やかさを感じられない。

そんなわけで、
この爽やかさの欠片もないぽっちゃり系ブ男は週一ペースでお手伝いをしていた。

主人公の呼び名が長くて手が疲れるので、ここからは便宜的に

「ぽブ男(ぽぶお)」

と呼ぶことにしよう。

お手伝いを始めて2ヶ月、
勤務回数も10回を越えようかというころ。
ぽブ男はいつものように出勤した。

元々、席数も20ちょっとでマスターが1人で経営をする小さなお店だ。

基本的にはマスター+1人の2人体制で営業をしている。

言い忘れていたがぽブ男はホール&キッチンスタッフだ。

割合でいうと
キッチン9割ホール1割くらいである。

要するに接客はあまりしない。

マスターからは
「お客さんにはもっと大きい声で挨拶して!」と常々言われている。

そう。
ぽブ男は人見知りである。

人見知りなぽブ男である。

文章でみると
残念極まりない。

出勤したらまずはトイレ掃除をして、キッチン周りを整頓する。

出勤後のルーティーンを終えた所で
マスターから呼ばれた

いつもならここで
買い出しを頼まれる。

ところが

この日は違った。

マスター
「ちょっとこれから出かけるから
その間お店よろしくね」

?????

オミセヨロシクネ

?????

あまりの急な宣告に
頭の中で「?」が踊り狂っている

マスター
「ちょっとすぐ近くで仕事の話があってさ。なんかあったら電話して!じゃ」

歓喜に沸く「?」を残し、
マスターは本当に行ってしまった。

「ぽつん」

ぽブ男はこれまでの人生22年間で

この時ほど

「ぽつん」

という表現が似合う状況に
遭遇したことはなかった。

一人店に取り残され、
途方にくれるぽブ男

そして気づく

「え?お客さん来たらやばいじゃん。
接客しなきゃいけないじゃん。」

そう。
こいつは人見知りなぽブ男である。

一人で接客など
もっとも避けたい場面だ。

そんなことを考えていたら
そわそわしてきた。

いてもたってもいられず

とりあえず、掃除をすることにした。

食器、冷蔵庫、調理場、床
気づいたところを無心で綺麗にした

接客の恐怖を掻き消すように
彼は手を動かした。

一人ぼっちになってから2時間

閑散期ということもあり
お客さんは来なかった。

お店としてはどうかと思うが
ぽブ男としては一安心である。

そろそろマスターも帰ってくる頃

ガラっ

「あ、おかえ…イラッシャイマセー!」

お客さんが現れた。

もっとも恐れていた事態である。
しかし、こうなっては覚悟を決めるしかない。

ぽブ男は決死の覚悟で
お客さんをカウンター席に通し、

ぽブ男は決死の覚悟で
お客さんにおしぼりを渡した。

そしてぽブ男は気づく。

あれ?そーいえば

お酒の作り方

習ってないじゃん。

絶対絶命である。
圧倒的ピンチである。

ビアバーでお酒が作れない人見知りなぼブ男

彼の存在価値を教えて欲しい。

早く帰ってきてくれマスター
早く帰ってきてくれマスター
早く帰ってきてくれマスター

きっと今夜空に流れ星が流れたなら
消える前にこの願いを唱え切れるはずだ。

そしてお客さんが口を開く。
ファーストドリンクオーダーである。

ぼブ男はさながら
判決を言い渡される囚人のような気分で注文を受けた。

『ウーロン茶ちょーだい』

ありがとう!!!

なんかもうありがとう!!!

それなら流石に作れるわ!
作れるというか入れられるわ!!

緊張からの安堵感で腰を抜かしそうになりながら、グラスに氷とウーロン茶を入れ提供した頃

ガラッ

「ただいまー、あ、いらっしゃいませ」

ついにマスターが帰還。

こうしてぽブ男の孤独な戦いは終わりを告げた。

その日の帰り道、全身全霊の感謝を込めて
コンビニでウーロン茶を買って帰ったのは
ここだけの話である。

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