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『サンタクロース 201900』 / #パルプアドベントカレンダー2019


「ならば視聴者にその刺激を与えてやる! そういってベンはキリアンをシューターに押し込み、発射ボタンを押しました。キリアンを乗せたシューターは看板に激突し爆発四散。観客は大歓声をあげて、ベンを英雄のように称えましたとさ。めでたし、めでたし。……さ、もう寝る時間だ。おやすみしよう」
 父親はパタンと本を閉じ、ベッドの息子に布団をかける。
「サンタさん来るかな!?」
「まだだよ」
 苦笑した父親は息子の頭をそっと撫で、優しく言い聞かせる。
「言ったろう? サンタさんが来るのはクリスマスイヴの夜。去年も、一昨年もそうだったね。……で、今日は何日だっけ? おいおいまだ18日だ」
「もっと早く来てくれればいいのに」
「サンタさんも準備に忙しいんだ。プレゼントをたーくさん用意しなきゃいけない。……それに、そのプレゼントを奪おうとする悪者たちもいるから」
「えっ、そうなの?」
「そうだよ。そりゃもう大変、命懸けってやつさ」
「聞いたことないよそんなの」
「知らない人の方が多いからね。秘密だぞ?」
「うん。……ねえ、ボクのNintendo Switchは大丈夫かな」
「ああ。きっとね。だからサンタさんの無事を祈って、いい子にして待っていよう。早寝早起きして、よく食べて、よく遊んで、みんなに優しく」
「うん。早く寝なきゃ。パパも、ママと仲直りしてね」
息子は真剣な顔で布団の端をギュッと掴み、口元まで引き寄せる。
「パパとママは大丈夫だよ」
「ほんとに?」
「大丈夫。心配してくれてありがとう。いい子だ」
「わかった! おやすみパパ」
「おやすみ、ティム」

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~~~

YO HO, YO HO 俺たちゃサンタ
子供のために 世界をまわる
邪魔する奴らにゃ 情けは無用
自慢の斧で 蹴散らし進め

YO HO, YO HO 俺たちゃサンタ
子供のために トナカイ走る
行く手を阻む ゴロツキ コソドロ
自慢の蹄で 蹴散らし進め


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「起きろ」
「うーん……」
「おい起きろメリークリスマス」
「う、うーん……」
 肩をゆすられ、頬をピタピタ叩かれ、冷たい風を感じ…… ティムはうっすらと目を開ける。まだ暗い室内。ベッド左手の傍ら、窓から差し込むわずかな月明かりを背にして、大きな人影が立っていた。
「メリークリスマス。靴下はどこだ」
 太く、低い声。
「だ、だれ?」
 怯えたティムは頭まで布団をかぶり、くぐもった声で尋ねる。
「サンタクロース。サンタクロース・ナンバー201900」
 男は懐からIDを取り出し、FBIのように提示する。暗くて読めたものではないが、そもそもティムは布団の中で丸くなったまま見ようとしない。
「ウソだ、サンタさんはクリスマスまで来ない、って」
「そうとは限らん」
「パパがそう言ってたもん」
「それこそウソだな。こっちにも都合ってもんがある」
「パパはウソつきじゃない!」
 ティムは言いながらガバッと布団をめくり、鋭い目で影を睨む。
「お、おう…… すまん。ウソつきじゃないよ、キミのパパ。ウソじゃなくて、知らないだけさ、そう。知らないだけ。……サンタにもいろいろと事情があってな。当日配達は去年から一部やめているんだ。今年はこのエリアが対象で、ワシが回された。理解できるか?」
「……本当に? サンタさんなの?」
 ティムはおそるおそるベッドサイドのランプに手を伸ばし、露になった男の姿を上から下まで観察する。赤い帽子。真っ白でフサフサの髭に、トマトソースのような赤い染みがいくつもついている。絵本やTVショーで見たものと同じ赤い服はあちこち裂けており、その裂け目から切り傷が覗いていた。そして右手には、斧。薪割りに使うものよりずっと大きい。
「サンタさん…… 怪我してるの?」
 ティムは上体を起こし、心配そうにサンタを見つめる。
「ん? ああ、かすり傷だ」
「血がでてる…… 痛そうだよ? まってて、ショードクエキとかホータイあるから、持ってくる!」
「いい、平気だ。それより靴下。大きな靴下はないのか」
 ベッドから出ようとするティムを制し、サンタは室内に視線を走らせる。
「靴下? ……あ! 靴下!」
「そう。プレゼントを入れる。やっぱりアレが無いとな」
「今年も用意するって言ってた! まってて、パパに聞いてくる!」
 ティムは右サイドからスルリとベッドを出て、ドアに向かう。
「まて! まてまてまムゥッ!? アブナイ!」
 サンタは守護神GKめいて横っ飛び、窓の外から飛来した矢を左肩に受けた。
「グゥ……ッ」
「おじさん!?」
「ワシの背中に隠れていろ!」
 サンタは言いながら布袋を手繰り寄せると立ち上がり、ティムを守るように手足を大きく広げる。何が起きたのか理解できぬティムは、サンタの背後からチラと顔を出して窓を見た。
「え……」
 ボーボボボボボーーーボボボボー
 ティムは絶句した。窓の向こうの暗闇に、黒ずくめの老婆が浮かんでいる。ティムの部屋は二階で、バルコニーがあるのは母親の部屋だけ。正しく言うならば両親の部屋だが、父親は一階のソファで寝ている。
「しつこいババアめ、生きていたか! 子供を狙うとは! 貴様らの掟にも反するだろう!」
 サンタは肩から矢を引き抜き、斧を構えながら叫んだ。
 ボーボボボボボーーーボボボボー
「アー? あんだってー?」
 ボーボボボボボーーーボボボボー
 フライボードがジェット音を吐き続ける。ホバリングする老婆は片耳に手をあてて顔をしかめ、聞こえませんアピールで返す。サンタはさらに声を張り上げる。
「子供を狙うな!」
 ボーボボボボボーーーボボボボー
「アラアラ人聞きの悪い! 狙ってないよ! サンタはガキを守って当然だからね! つまりアタシが狙ったのはサンタってことでセーフさ! イッヒッヒィ!」
 老婆は肩を揺らして笑い、二の矢を装填したクロスボウをサンタに向ける。
「クソ、屁理屈こねよって……!」
 ボーボボボボボーーーボボボボー
「イッヒ! 避けたらガキに当たっちまうかもねぇ?」
 室内にまで届くジェットの轟音と理解不能な状況に、ティムは足がすくんでしまっている。サンタは斧で心臓を、左腕で顔を庇い、腹で矢を受けながら前に出る。
「ウ、グッ!」
 ボーボボボボボーーーボボボボー
「バカだね! 大人しくプレゼントを寄こしな!」
 老婆は素早く矢を装填し、三の矢、四の矢を放つ。一本が太腿に命中し、サンタは膝を突く。
「ムゥーッ!」
 ボーボボボボボーーーボボボボー
「おじさん!」
「袋の陰に隠れろ!」
「イーッヒッヒ! 死ね!」
 ボーボボボボボーーーボボボ BANG! ボーボッシュボッ、シュボッ、バチッ! ボボ、ボッ――
 ジェットエンジンの音に銃声が混ざり、老婆の足元で火花が弾ける。
「あー?」
 ボッ、ボッ、ボボボ、ボボボボボボシュボゴゴゴゴォォォ!
「アーッ!?」
 制御不能になったフライングボードは老婆を乗せたまま時速100マイルで水平方向にかっ飛び、カウボーイハットおやじがサムズアップする中古車販売ショップ看板に激突、爆発四散した。
「一体なにが……」
 斧を支えに立ち上がったサンタは窓に近づき、外の様子を窺う。真下の庭でライフル銃を構える男と目が合った。
「お前……」「あ、あなたは…… ティム! 大丈夫かティム!」
 目を丸くした男は息子の名を叫び、一階に駆け込んで見えなくなった。
「ハッハ! こりゃたまげた」
 サンタは笑いながら振り向き、足をひきずりながらティムに近づく。
「おじさん、大丈夫!?」
「ああ、なんのこれしき。お前のパパに助けられた」
「パパが?」
「そうだ。パパがやっつけてくれたんだ。勇気のある、頼もしいパパだ。……さ、これを」
 言いながら布袋からギフトボックスをひとつ取りだしたサンタは、己の大きな赤帽子にそれを入れてティムに差し出す。
「えっ、これ…… サンタさんの大事な帽子じゃないの?」
「ああ。靴下代わりと言っちゃなんだが、キミにあげよう。大事にしてくれるかな?」
「……うん! ありがとう!」
「メリークリスマス」
「メリークリスマス! Nintendo Switchも嬉しい!」
「ん? Super Nintendo Entertainment Systemでは?」
「え?」
「あ、いや、なんでもない。今日はもう寝るといい」
「ね、ね、来年もおじさんが来てくれる!?」
「どうだろうな」
 サンタはティムの頭をワシワシと撫で、どこか悲しそうな笑顔を見せる。
「ワシが来れるかどうか……。だが、サンタはキミのような子供のためにやってくる。約束…… お、パパがあがってきたぞ?」

◇◇◇

 興奮冷めやらぬティムを何とか寝かしつけ、庭に並び立つふたりの男。
「その怪我、さすがにこたえるでしょう」
「こんなもん、ツバつけときゃ治る」
「相変わらず無茶苦茶な人だ。……しかし、あなたがウチを担当するなんて思ってもみませんでしたよ。それに前倒し配達? そんなルールいつから」
「去年だ。一部エリアの配達は一週間前スタート。深刻な人手不足による苦渋の決断ってやつさ。増える数より、死んじまうか耄碌して引退するジジイの方が多い時代だからな。それに有能だが若くして去る者も。……お前のように」
「……」
「なあ、戻って来ないか。ナンバー204643」
 サンタの言葉に対し、父親はゆっくりと首を横に振る。サンタもそれは分かっている。だが思わず尋ねたくなるほど、サンタ界は苦境に立たされていた。
「息子、顔がよく似ているな。生まれる直前だったから…… 6歳になるか?」
「ええ。自慢の息子です」
「大切にしろよ。……そういや嫁さんの姿が見えないが、離婚でもしたか」
 サンタが片眉を持ち上げ、意地悪そうに戦友の横顔を見る。
「夜勤です。看護師。妻には苦労をかけてばかりで頭が上がりません。私がもっとマシな仕事に就ければよいのですが」
「そうか」
 しばしの無言。
「おや…… 予報が外れましたね」
 ふたりは揃って空を見上げる。綿のように柔らかい雪が顔を濡らす。
「こりゃ積もるぞ。……よし! そんじゃあ、ワシは行くよ。まだ配達が残っているからな」
 サンタが鹿笛を吹くと、雪の舞う夜空からフルアーマー・トナカイが駆け降りて来て、静かに着地した。サンタは斧を短く持ち、トナカイが牽引するソリの腹に線を1本、刻み加える。
「すごい。あれからまた随分と戦ったのですね」
「向こうも年寄りが増えてきてな。お互い簡単に死ぬんだよ」
「……引退は考えないのですか」
「ワシにはこれしか能が無い。ずっとこうして生きてきた。だから死ぬまで続けるつもりだ」
「……どうかお気をつけて。息子のプレゼント、ありがとうございます」
「それがサンタの仕事。そうだろう?」
 サンタはニヤ、と笑って手綱を握り、トナカイとともに空へと旅立つ。父親はその姿が見えなくなっても姿勢を正したまま、決して忘れることのない歌を口ずさんでいた。

YO HO, YO HO 俺たちゃサンタ
子供のために 世界をまわる
邪魔する奴らにゃ 情けは無用
自慢の斧で 蹴散らし進め

YO HO, YO HO 俺たちゃサンタ
子供のために トナカイ走る
行く手を阻む ゴロツキ コソドロ
自慢の蹄で 蹴散らし進め


~~【おしまい】~~



(あとがき的な)

本作は、桃之字さんの企画『パルプアドベントカレンダー2019』の2番手として書いたものです。

桃之字さんがTwitterで参加者を募りはじめたのが12月16日。
それに気付いて(やってみようかな……)なんて思った時には後ろのほうの枠がほとんど埋まっており、ワシは18日をチョイス。

(ギリギリかな…… 書けるのかな……手を挙げたからには書かないと死ぬのかな……)などとDOKI-DOKIしていたところ、「担当日の(できれば)午前中に投稿してね!」という注意書きに後から気づいてさらに焦り、なんかドタドタで書きましたが、なんとか形にできました。
4000文字以内くらいで、と思って書いた結果、いつもの悪いクセでガンガン話が膨らみそうになり、削りまくり、4100文字でフィニッシュ。
こういうケツに火がついた状態で書くのも(たまには)悪くない。

本企画はまだ2日目(2作目)ですが、同じ ”クリスマス” をテーマにしていても桃之字さんはヒーローもの。ワシはジジババもの(?)で毛色が違い、後に控えている猛者たちも個性豊かなパルプスリンガーばかりだもんで、最終日までお楽しみに!
※飛び入り参加者もいる予感がBIN-BINする(というかもう飛び込んできている!)ので、クリスマスが終わるまで『#パルプアドベントカレンダー2019』を毎日チェック!

【次回予告】

明日(19日)の担当パルプスリンガーは、むつぎはじめさん! タイトルは『アドベント19』。おたのしみに!


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