『男性における道徳』稲垣足穂 │ 中央公論社
稲垣足穂の道徳觀で目をひくのは、曖昧眼鏡すなわち縁なし眼鏡を認めぬ点ではないだろうか。仮にキリストが曖昧眼鏡を身につけていたならば、ここまでカトリックも拡がらなかったであろうと足穂は視ている。
一方、浅田次郎の『天切り松闇語り』にでてくる目細の安吉親分は曖昧眼鏡をしながらも、男性における道徳の塊のような藝が小説の随所にみられる。
ちなみに私は金子眼鏡でもとめた限りなく曖昧に近い縁あり眼鏡を愛用している。
まあ、男性における道徳という視点で考えれば、眼鏡の奥底に光る眼力が