そのアイドルは蒼ざめた10分後に、笑いかけてきた。忘れられない顔②

 書き殴りたい文章は日々窒息しそうなほどあるのに、書き届けるべき文章はその中にひとすくいもない。でも、送りたい何かが、もやもやと存在している。だから本を読み、文章を書く。続けていたら何か思うだろう。その何かが重要だ。


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定期的にフラッシュバックしてしまうあのひとのあの表情、みたいなの、あなたはありますか。
あ、この人心底イラついたぞいま、とか、
凄いショックだったんだな、とか、
こんなの俺は見たこともない笑顔だ、とか。
まるでFacebookの機能みたいに、頼んでもいないのに「これが5年前の記憶ですよ」などと見せてきて、嬉しかったり悲しかったり、気づきを得たり自信を失くしたりさせてくる。特にネガティブなのが多い気がするのは僕の性格だろうか。
僕はそんな「誰かの表情」がいくつもある。かなりの表情コレクターだ。忘れられれば楽だと思う。
今日は、スーパーの駐輪場に自転車を止めようとした瞬間フラッシュバックした1枚の表情について、ちょっと書いてみることにします。




その日はとある商業舞台の現場で、あるアイドルのダンスシーンの振付稽古初日、だった。

「まごうことなきアイドル」に振り付けするのが初めてで緊張していた。芸能界という得体の知れない世界の慣習なんて全くわからないし、当時僕は、アイドルという人たちの普段の生態っていうのはちょっとやっぱり一般人とは違うのではないか、全く本心を見せず、かといって押してはいけないスイッチとかがあるんじゃないか?などとうっすら勘ぐっていた。いやそもそも、ヒト科目と初対面からグッドな関係を築く技術など持ってない。自分の修行不足を呪った。

既に演者さんは何人か現場入りしていて、初めましての顔も多い。
とりあえず今日関わるメインのアイドルの方へ自分から挨拶に行かねばと、話しかけにいきながら謎の焦りを感じていた。元気よく挨拶をするというのは仕事で大事だと耳タコだが、なんというか、それは「陽キャ特性のスキル」である。僕が使うには、結構MPを消費するんだ。

「〇〇さんですよね?振付担当の松田です、よr」
「え・・・違います・・・」

自分から話しかけながら、相手の名前を完全に他の役者と勘違いした。
うわ。冷や汗が出た。

僕は資料で見た顔と、現実での顔を一致させることができていなかった(もともと顔を覚えるのが苦手なのと、芸能人の方はメイクの関係やマスクをしてたりで宣材写真と結構印象が違ったりするのだ)。などと()づけで言い訳してみたが、明らかに「初手コンタクト」という重要さを甘くみていたと思う。あれーこの人だよなたぶん?と半身半疑だったくせに特攻してしまった。いや、あの瞬間に爆死していたんだと気付いたのは、だいぶ後だったな。

間違えたーてそんなことかい、と思うかもしれない。しかし、この弱肉強食の業界で、アイドルとして頑張って自分の顔を売って、自分をなんとか知ってもらって、ファンを増やして、踏ん張って生き抜いてきた人物に向かって、これから一緒に仕事をする振付師から「えーとあんたのこと全然知りませんけど」と言われたのと同義だ。僕はザ・失礼野郎だった。

「え・・・違います・・・」

彼女の蒼ざめた顔色や、ショックと予想外の入り混じった目と口は今でも、忘れられない。

もう時すでに遅しだが、それでも「名前を間違えるなんてすみません」ときっちり謝ればマシだったろうけど、テンパって冷静な思考もできず「あ、えっと、△△さんでしたね、すみません、振付師ですよろしくお願いします」と言ってそそくさその場を後にしてしまった。しかも最悪なことにその時の僕は、今のことがいかに失礼かを理解、想像できていなかった。その場所から少し階段を登ったところにあるダンサー用の待機スペースで、「やっちまったー、第一印象わるっ。まぁ挨拶できたからいっか」などと思いながら台本を読んでいた。
すると、10分ほどたって、まだ稽古の時間でもないのに彼女がわざわざ僕のところにやってきて、話しかけてきた。先ほどの表情は完全に置き去りにして、笑顔で。

「あの、ちょっと台本のことで質問があるんですけど〜」

何をどう質問されたかは覚えてないけど、台本を一緒にめくりながら、さっきのことを過去へ押し流そうとするかのように健気な雰囲気をこしらえていたことは覚えている。こしらえたんだよな、と今だったらわかる。当時はその意味すらしっかりと感じ取っていなくて「うわ、こうして事前に色々聞いてくるなんて偉いなぁ」くらいに思っていたと思う。いやマジですげーバカだよ。

彼女は10分で気持ちを切り替えたんだ。「覚えてもらえてないなら今から覚えてもらいにいこう」と思って、仕事を頑張ろうと思い、コミュニケーションを取りに行こうと立ち上がり、、、ていうか、彼女だって無名振付師の僕のことなんてマッッッったくの初見だっただろう。だけど僕が「振付師」であれば彼女は真摯に向き合わなければならない。仕事の現場であれば笑顔を振りまき、時には媚を売り、努力をしてみせ、自分はこういう人間なんだと周囲に刻みつけ、次の仕事、次の人生に繋げていく。僕が、「振付師」という立場だから。無名だろうと、失礼だろうとイケ好かないやつだろうと自分をよく思ってもらう。彼女はそうやって、闘ってきたんだ。

続々と演者たちが現場入りしてきた。イケメン俳優や美少女声優やブサイクな芸人などが、それぞれに適切に動いていた。例えば素早くスマホで相手の情報などざっと調べておいて、軽いコミュニケーションでいとも容易く距離を縮めたり、完全なる商業スマイルと無表情を使い分けていたり、とにかく謙遜した態度を見せて敵を作るまいとしていたりした。いやこう書くと普通なんだけど、それぞれに信条のような、自我のような、個性のような、そういうものを感じて。なんというか、「プロたちの闘い」を見ている気がした。
僕はそんな歴戦の兵士たちの中で、穏やかな上官のような笑みを浮かべていた。こんな戦場に実は銃も盾も扱えない奴がいることがバレないように。

アンサンブルダンサーと合同で振り入れが始まった。アンサンブルは事前に稽古をすませて、メイン演者への振付はできるだけ時間をかけずに行われる。メイン演者たちの稼働時間を減らすためだ。
いざ始まるとそのアイドルの彼女は、ダンサーよりも上手くはないが、どのダンサーよりも可愛く踊り、なかなか手強いかもと思っていた振付を素早く覚えてみせた。
彼女はそれほど出番は多くなかったが、(僕の見る限りだけど)別段浮きもせず、沈みもせず、凄まじいスキルなどは発揮しないが、精一杯自分の演技をやり、ダメ出しされるとすまなそうにしながら愛嬌でその場をなごませた。
「プロ意識」などという仰々しい言葉を使わずとも、彼女はプロだった。

僕は、切迫に迫られる振付をなんとか時間内にさばいていくことには成功したが、果たしてプロだったのだろうか。その現場で、仕事以外のことで誰かに自分から話しかけたことは、もしかしたら一回もなかったかもしれない。
あるいはそれも自分の「理」として泰然としていればよかっただろう。でも僕は、何度頑張って家をつくっても大黒柱を刺し忘れるかのように、いつもいつも、吹けば飛ぶような「理」しか持っていなかった。


その現場では他にもいろいろな感触があって、「自分って納得いくものを作りたいだけのアマチュアなんだ」と自分にガッカリしたし、そしてちょっとシックリきてしまっていた。
ここに書いていないことも含め、この現場は落ち込むことばかりだった。



彼女の、あの時の、蒼ざめた顔から笑顔になるまでの10分間を、自分の、何も変わらなかった10分を、今更思い出して、僕が蒼ざめている。このnoteで何かを変えられますように。

忘れたい、けど忘れたくない。
そんな表情の写真が心の中にたくさんある。


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「冒険」は続いています。とりあえずケトジェニックが、糖質カット生活が辛いです。米が食べたすぎて発狂したりしたので、うまく米欲を解消する方法を採用しました。
独りで勝手にじたばたしてます。

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